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冷徹メガネと天職探しの旅 第25話 1次結果
第25話 1次結果
デートのことで頭がいっぱいで転職活動が頭から抜けていたので、メールを2度見した。一気に現実に戻された気分だった。デートが終わり一度は落ち着いた気分もまたソワソワとしてきてしまった。僕はいったんメールを閉じてYahooニュースを確認した。芸能人の不倫など自分の人生には1ミリも関係ない記事を読んで心を落ちつかせた。メールを確認する勇気が無く、Yahooニュース、X、Instagramを徘徊していると最寄りの駅に到着した。僕は隠すように携帯をポケットに入れて電車を降りた。外は真っ暗で風の吹雪く音だけがしていた。僕は首を縮め早足に家に向かった。
お風呂に入り、パジャマに着替え、歯も磨いた。残念ながらもうやるべきことは無い。後は寝るだけだ。携帯電話は裏返しにして置いてある。確か企業からのメールは3から4通来ていた。年末年始が近いから同じタイミングで送っているのだろう。僕は1Kの部屋をぐるぐると周り携帯を手に取った。ベッドに座りメールを開いた。そこには1次通過と最終面接の案内の文章だった。僕はうぉぉ!とうめき声を上げてベッドの上で跳ねた。その後もよっしゃーと言いながら部屋をぐるぐる回っていたら壁からドンッ!と大きな音がしたので僕は急いで黙った。冷静になってメールを再度確認すると4社中3社が1次通過だった。第一志望のIT大手も通過していた。天神さんにすぐにラインを送ろうと思ったが土曜日の夜遅い時間だったので辞めた。3社の中には次が最終面接のところもあれば2次面接のところもある。大手IT企業は2次面接だった。携帯をそばに置いてベッドに倒れ込んだが天神さんの顔が頭に浮かび“今すぐ日程調整をしなさい”という声が聞こえてきたのでベッドから起き上がりメールを再度確認した。全て年明け以降の日程だったのでまだ仕事のアポイントも入っておらず容易に調整をすることが出来た。全てのメールを返信して時計を見ると12時を超えていた。僕はトイレに行って温かいお茶を飲んで寝る準備に入ったがテレビに映し出される青いイルミネーションの特集を見て浅見さんとのデートを思い出していた。企業へのメールに集中をしていたからまだラインは確認できていない。もしかしたら浅見さんからラインが来ているかもしれない。僕はズボンで少し湿った手を拭きながらラインを確認した。そこには浅見さんからの返信があった。3時間以上前に来ていた。僕はベッドに座り携帯画面を凝視する。親指を携帯画面の上で遊ばせていたが浅見さんからのラインを思いきってタップをした。
“今日は楽しい時間をありがとう。これで転職活動と仕事も頑張れそう。また誘ってね”
また誘ってねの文面が光って見えた。小さいサンタがメリークリスマスと言って僕に語りかけるようだった。サンキューサンタ。僕は小さい声で呟いた。どこに誘うのがいいのかすぐには思いつかなかったので、またデートに誘うとラインを送り僕は眠りに落ちた。
僕は仕事を早めに切り上げ新宿東口にあるドトールへ向かった。振り袖姿の若者の姿が目立つ。楽しそうに話をしている。クリスマス、正月の流れは詰め込みすぎだといつも思う。洋から和の切り替えが急すぎる。正月は実家でダラダラとしていたらいつの間にか終わっていた。なぜ休日はこんなにも早く過ぎていくのだろうか。不思議で仕方ない。
ドトールの奥の席に天神さんがPCを広げて座っていた。僕は急いで駆け寄る。
「明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます」
天神さんが表情を変えずに答える。
「飲み物を買ってきます」
天神さんはうなずき、PCに目を落とした。
僕は抹茶ラテを片手に席に着いた。
「お正月休みってなんでこんなに早く過ぎてしまうんですかね」
「実際に1週間程度しかないからです」
天神さんがPCから目を上げて答える。
「1次面接通過おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「4つ受けて全て通過はかなり良いです。しっかりと準備をした結果だと思います」
思いがけない天神さんの褒め言葉に思わず頬の肉が緩んだ。
「しかしまだ何かを成し遂げた訳ではありません。2次面接、最終面接を通過しなければ意味がありません」
褒める時間が短すぎると思いながら僕はうなずき天神さんの話を聞いた。
「2次面接がある企業は現場責任者との面接可能性が高いです。最終面接は社長や会社責任者の可能性が高いです」
「面接官が変わる以外はどんな違いがありますか」
「質問内容はあまり変わりません。一方で目的が変わってきます。2次面接は現場へのフィット感、最終面接は会社へのフィット感と長期目線での貢献率です」
「そこへの対策はどうすればいいのですか?」
「二次、最終は面接を業とした人々以外が対応します。つまりそれほど理論立てたり根拠性が明確であるわけではありません。もちろん採用ターゲットをしっかりと決めて一次から最終まで一気通貫している企業もありますが多くはありません」
僕はホットココアをちびちび飲みながら天神さんの話の続きを待つ。
「そこでポイントになるのが現場や会社で働くイメージをして貰うことです」
「働くイメージ?」
「私はコーヒーが大好きです」
天神さんが無表情でコーヒーを飲む。
「コーヒーが好きそうに見えましたか?」
「見えないです」
「私はコーヒーが大好きです」
天神さんが少しだけ声のトーンと口角を上げてコーヒーを飲む。
「どうですか?」
「さっきよりはコーヒーが好きそうに見えました」
正直ほとんど差は感じなかったが黙っておいた。
「話す言葉よりもボディランゲージの方が相手に与える印象は大きいです。二次、最終ではこの部分を意識しましょう。違う言い方をすると一緒に働きたいと思って貰えることがゴールです」
「一緒に働きたいと思って貰うのって難しくないですか」
「荒田さんはどんな人と働きたいですか?」
「どんな人と・・・優しくてコミュニケーションが取りやすい人ですかね。暗かったりネガティブだと嫌ですね」
「基本的に一緒に働きたいと思える人材像に大きな変わりはありません。思いやりがあり、明るく、コミュニケーションが取りやすい人材です」
「確かにそうですね」
「逆に思いやりがなく、暗く、ネガティブでコミュニケーションが取りにくい人とは一緒に働きたくないでしょう」
「どうすればいいんですか?」
「いつもより少し大きめの声で笑顔で話すです」
「それだけですか?」
「それだけです。1次面接が通過しているなら基本的な受け答えは出来ています。社長などが相手の緊張する場面でその部分が出せるかが重要なことです」
僕は天神さんのあまりにもシンプルな提案に呆気に取られてしまった。
「時間も無いので練習しましょう。笑ってください」
「えっ?」
「最終面接だと思って笑ってください」
僕は頬の筋肉を引きつかせながら口角を上げた。
「もっと笑って下さい。目が笑っていないです」
僕は頬の筋肉に思いっきり力を入れた。目も橋のように上向きに上げた。
「わざとらしいです」
天神さんがやれって言ったんだろ…僕は頬をピクピクさせながら力を少し抜いていった。
「悪くないです。そのまま自己PRに入りましょう」
その後、天神さんと僕は最終面接に向けた特訓を1時間以上行った。