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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第14話

第14話 仲間?
勢いで座ったブースだったので、座ってからベンチャー系の企業であることに気がついた。ブースの壁には“未経験でも3年で年収800万以上”“20代でマネージャー!”と景気の良い言葉が赤字で貼られている。
人事担当者はお揃いの胸に大きく企業ロゴが入った青のTシャツを着ている。
着席しているのは僕以外には2人。2人とも男性でスーツを着用している。よく見ると1人はトイレであった前髪センター分けの男性だ。彼もこちらを見て小さくうなずいた。
「今日はブースに来てくれてありがとう!会社の説明をさせて頂きますね」
人事担当者は笑顔で会社パンフを配り説明を始めた。どうやらSES(エンジニア派遣)の会社で派遣の仕事を取ってくる営業を募集しているらしい。実力次第で20代のマネージャーも可能で年収も相当貰うことが出来ると熱く語っている。報酬のことが説明の大分部を占めていた。20代でマネージャーという言葉には妄想が広がった。
「これで説明は終わります。少しでも興味があれば採用HPからエントリーお願いします!」
人事担当が頭を下げたので僕も急いで頭を下げた。パンフレットを鞄にしまってブースを後にした。初めての会社説明会は人事担当の説明だけで終わった。後ろに人が待っていたからかもしれない。
「さっきトイレでもお会いしましたよね」
後ろから急に声をかけられたので僕はヒッと少し息を飲み込んで振り返った。
「そんなにびっくりしないでも」
センター分けの彼は苦笑いをしながら言った。
「ごめんなさい」
「さっき座っていたブースもたまたま一緒だったので、何か縁を感じて声をかけました」
白い歯が覗いた笑顔が眩しい。
「20代でマネージャーになれるのは夢がありますよね」
僕はマネージャーになって部下達に指示をしている姿を妄想した。
「20代でマネージャーになれるのはそれだけ中堅層が少ないことを意味してるよ」
「どういうことですか?」
予想外の言葉が返ってきたので困惑した。
「退職者が多くて中堅層が育っていない、だからマネージャーのポストが空いている。もしくは完全な実力主義。どちらにしろ仕事環境としてはハードだろうね」
彼は静かに喋り始めた。
「事業内容も他社との大きな差別化や強みがあるわけではなかった。営業でゴリ押しする体育会系の企業であることは明確。残業時間や教育制度の説明は無くビジョンと給与が中心だったことにも表れてるよ」
理論整然と話す彼に圧倒されていた。
「凄いですね」
「自分の身は自分で守らないといけないからね」
彼はまたニッコリ笑った。
「一緒に転職活動頑張りましょう」
彼は軽く手を挙げて他のブースへと歩いていった。こんなにしっかりした人がライバルになると思うと気持ちが沈んだ。
その後も複数の業界や職種のブースで会社説明を聞いた。興味のあった文房具、美容関係の会社を始め出版、インフラ、AI、自動車部品など自分が知識の無い業界のブースにも座り話を聞いてみた。会社訪問のハンコは8個まで貯まっていた。
会社説明を聞くだけと言っても8社周るとさすがに疲れる。僕は会場パンフを握りしめ端に設置してあるイスでうなだれていた。
「結構周っていましたね」
顔を上げるとそこにはセンター分けの彼が女性と一緒に立っていた。
「はい」
「何社ぐらい周ったんですか?」
「今ちょうど8社周りました」
「凄い!」
隣の女性が言った。その人は黒のリクルートスーツを着て髪をポニーテールにしていた。目がくりくりとしていて笑った顔にはエクボが浮かんでる。その笑顔に僕はドキドキした。
「名前お伝えしていませんでしたね。僕は東山啓斗、彼女は浅見さんです」
紹介された浅見さんはペコッと頭を下げた。
「荒田と言います。よろしくお願いします」
僕も慌てて立ち上がり自己紹介をした。
「実は浅見さんも今日ブースで初めてあったんです」
「そうなんですか」
「転職情報を交換する仲間は多いほうがいいですからね」
てっきり知り合い同士かと思っていたので驚いた。知らない人に声をかけれるなんて度胸が凄い。
「急に話かけられてびっくりしたよね」
浅見さんは笑いながら言った。啓斗君は苦笑いしている。
「そうですね。でも僕も転職をする仲間がいるのは心強いです。会社内では相談し難いので」
「確かに…そうだね。ありがとう、東山君!」
浅見さんは啓斗君の肩をポンッと叩いた。
「まだブース訪問しますか?」
啓斗君は皆の顔を見て聞いた。
「私最後に行ってみたいブースがあるの」
浅見さんは会場マップの中央に位置する会社を指差した。その会社は東証1部上場をしているIT企業だった。知名度、売上とも今回の転職フェア参加企業の中ではNo.1だ。僕も興味はあったが自分とはレベルが違いすぎるのでブースには立ち寄ってなかった。
「僕も行きたいと思ってました」
啓斗君が会場マップを見ながら言った。
「さっきまでは人集りが凄かったから避けてたけど、そろそろ落ちついたんじゃないかな」
「よし!決定!」
浅見さんはズンズンと目的のブースに歩いて行く。僕は心の準備が出来ていなかったが、はぐれないように慌ててついて行った。

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