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冷徹メガネと天職探しの旅 第24話 デート
第24話 デート
僕は飲みかけのスープを横に置き、携帯を確認した。メッセージは天神さんからだった。
“他の会社もリサーチして応募して下さい”
労いの言葉が貰えると思ったが天神さんらしいスパルタなメッセージだった。僕は簡単に返信を書き、残ったスープを飲み干した。最後の1個になってしまったニンニクましまし餃子に箸を伸ばした。最後の餃子を愛しみながら食べていると携帯にまたメッセージが入っていた。今度は残ったビールを飲みきってから確認をした。また天神さんからの指示かと思っていたが浅見さんからのラインだった。
“面接お疲れ様!私も一次面接終わったところ。少し息抜きしたいね☺”
少し息抜きしたいねの部分だけが浮き上がるように見えた。この文書の意味を腕を組みながら考える。頭は面接を受けていた時と同じレベルで回転をしていた。今食べたばかりのラーメンを燃料として考えた回答が共感と提案だった。僕は4回文面を書き換えて浅見さんにラインを送った。
“面接お疲れさま。息抜きしたくなるね!前話してたウルヴァリンの映画が公開されたからどうかな?”
何度も文面を読み直してから僕は送信ボタンを押した。祈るようにして携帯を握りしめる。カウンターから店主の視線を感じて僕は祈りのポーズを辞めた。ペイペイで支払いをしているとライン通知のボップアップが浮かんできた。外に急いで出ると首元に冷たい風が入り込み僕は体を震わせた。ラインを確認すると浅見さんからデートのお誘いOKと候補日の連絡だった。僕はネオンが色とりどりに輝く空に手を上げと小さくガッツポーズをした。
久しぶりのデートなので何を話せばいいのかわからない。天神さんに相談するわけにもいかない。デート前日は遠足を控える子供のようにソワソワして中々寝ることができなかった。
デート当日、僕は日比谷駅で降りて待ち合わせ場所のゴジラ像前に向かった。ゴジラ像は僕が昔見たゴジラよりいくらかスタイリッシュになっていた。待ち合わせの時間が近づくにつれ鼓動が早くなっていく。秋だというのに額に少し汗が浮かんでいた。正面から青いワンピースを着た浅見さんがやってくるのが見えた。浅見さんは笑顔でこちらに近づいてくる。その姿を見た瞬間体が軽くなり爽やかな暖かい風が体を通り抜ける気がした。
「ごめん、待たせたかな?」
浅見さんが少し息を切らせながら言う。
「僕もちょうど今来たところ」
「良かった」
浅見さんがホッとした顔をした。
「映画まで少し時間があるからお店でも見ていく?」
「そうだね」
僕は浅見さんと横になって歩いた。ハロウィンのカボチャが大きな口を開けて笑っている。本屋に行って好きな漫画を紹介したり、クレープ屋でいちご大福入りのクレープを買って口元に大きな白ひげを作って笑われたりしていた。気がついたら映画が始まるギリギリの時間になっており、小走りで映画館へと向かった。劇場に入るとすでに予告が始まっていて暗くなっていた。浅見さんと僕は足元に気をつけながらゆっくりと中段の席へと向かった。ポリポリとポップコーンを食べる音がしている。端に座る人に謝りながら指定された席へ行く。席についた時、丁度本編が始まった。隣の席に座る浅見さんの柑橘系の香りが僕をソワソワさせてオープニングの内容がほぼ頭に入らなかった。
映画の内容は控えめに言って“クソ”だった。浅見さんは味の無いプリンと表現していた。僕らは近くのイタリアン料理店に入ってカニクリームパスタを食べた。カニはカニカマよりパサパサで麺はアルデンテを超えて芯が残っていた。今日観た映画とパスタはどちらがひどいか甲乙がつけ難いと笑いあった。
「バッドな経験ほど時間がたつと愛しい思い出になるよ」
浅見さんが笑いながら言った。僕もその意見に同意した。イタリアン料理の店を出ると外はすっかり暗くなっていた。吐く息は白く耳が寒さで痛かった。少し歩くと青を基調としたイルミネーションが飾り付けられたスポットへ到着した。並木通りが全て青いLEDで飾り付けてあり、青い光に覆われた洞窟のようだった。お祭りがあるような混みようだ。カップルが大勢手をつなぎながら歩いている。この人の数がいるのではぐれ離れにならないように手を繋ぐこともできる。しかし1回目のデートで手を繋ぐのはあまりにも早すぎる気がした。僕は青い光の下で浅見さんに近づいたり、離れたりしていた。中央には巨大なツリーが置かれている。そこにはよりいっそう多くの人が集まり写真を撮り、見上げていた。僕らもツリーの下で浅見さんと眩い光を眺めていた。人の足音と話し声で動きの渦が起こった。僕は渦の流れに押され浅見さんと離れそうになった。浅見さんも反対の人の流れに飲み込まれていく。僕達はとっさに手を伸ばし互いに握った。浅見さんの冷たく細い指の感覚が僕の手の中にあった。浅見さんを引き寄せ、どうにかツリー周辺を抜けることが出来た。その時には繋いだ手は離れていた。
「すごい人だったね」
浅見さんの息が白い。
「本当だね」
僕は両手をポケットに入れて歩く。駅はもうすぐだ。2人とも口数は少なくなっていた。
「でも綺麗だったね」
「綺麗だった。本当に青く光る洞窟の中にいるみたいだった」
「LEDを装飾しま人大変そう」
「確かに」
浅見さんの急な現実的な意見に僕はつい笑ってしまった。
僕らはJRの改札口で手を降って別れた。浅見さんと別れてからも周囲の足音や電車の走行音は頭に入ってこなかった。浅見さんと過ごした1日と握った手の感覚が頭を占めていた。僕は携帯を取り出してデートのお礼ラインを送った。4回書き直していたので最後には良い文書なのかわからなく無っていた。ラインの送信ボタンを押した後、急に電車音や周囲の話し声が聞こえた。体の余計な力も抜けて緩んだ僕はシートに深く腰掛けた。電車の窓からは繁華街の灯りがきらめいていた。イルミネーションとはまた違った力を持つ光だった。浅見さんの返信を待ちながら携帯を弄っているとメールボックスに1次面接を受けた企業からメールが来ていた。心臓の鼓動が少し早くなり、深く腰掛けていた座り方を辞めて背を伸ばして座り直した。題名は“1次面接の選考結果に関して”だ。僕は大きく深呼吸をしてメールを開いた。