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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第19話

第19話 相手を考えて
池袋の取引先に顔を出し、現状のヒアリングと新商品の提案を行いビルを出た。今日は直帰申請を出しているので会社には戻らず新宿に向かった。山手線は意外と空いていた。まだこの時間だと会社が終わっていないのかもしれない。18時ギリギリに新宿駅に到着したので走って東口に向かった。改札口の正面で天神さんは待っていた。
「お待たせしました」
僕は息を切らせながら天神さんに言った。
「では行きましょう」
天神さんはスタスタと歩きだしてしまった。僕は遅れないように後をついて行った。
歩くこと15分。繁華街を抜けた先で天神さんはビルの前で足を止めた。
「どこですか?ここは」
僕は周囲を見回しながら聞いた。繁華街を抜けた先に行ったことがなかったので僕には何があるのかサッパリわからなかった。
「ここの3階に写真を撮るところがあります。すでに予約はしています」
天神さんはそのままビルに入っていこうとした。
「何の写真を撮るんですか?」
「履歴書に貼る顔写真です」
天神さんは鞄から僕が作った履歴書のコピーを取り出した。
「顔写真は一応貼ってますけど」
僕は少し不安を感じつつ天神さんに言った。
「履歴書は人事担当に一瞬で判断されます。1番影響や情報量が多いのは写真です。写真がしっかりしていなければ書類通過しません」
天神さんは僕に履歴書を渡した。確かに履歴書の顔写真は何だか頼りなく写真の質も悪かった。

4人で定員になりそうな小さなエレベーターに乗って3階に行くとそこには小綺麗なフォトスタジオがあった。中に入ると数名が席で待っていた。
「予約をしている荒田です」
天神さんがカウンターで店員に話かけると奥の部屋に通された。奥の部屋で三面鏡が設置された席に案内された。
「今日は履歴書の写真撮影でよろしいでしょうか」
30代ぐらいの女性が櫛を手に持ちながら聞いてきた。
「そうです」
本当は何も知らされずに連れてこられたのだが、そう言うしかなかった。女性は慣れた手つきで僕のヘアスタイルを整えていく。
「下地ベースを塗ってもよろしいでしょうか」
女性は化粧道具を片手に鏡越しに語りかけてきた。今まで化粧などはしたことがなく、日焼け止めぐらいしかしていない。困惑している僕を天神さんは“四の五の言わずやりなさい”という目つきで見ていた。
「お願いします」
僕はまな板の魚状態で女性に任せることにした。

ヘアスタイルと化粧が終わり鏡を見てみるとそこには爽やかで仕事ができる雰囲気の男が座っていた。基本ベースは自分自身なので急激に顔が変わりカッコよくなるわけではないが雰囲気はガラッと変わっていた。ヘアメイクと化粧の力恐るべし。
「それではこちらに移動してください」
女性の誘導に従い移動すると小さな小部屋があった。ブルーバックに巨大な照明器具とカメラが置いてある撮影専門の部屋だった。僕はそこでもカメラマンの指示に従い何とか写真撮影を終えることができた。撮影後は写真を選びデータバージョン、写真どちらも貰えるプランを選択した。料金は7,500円。金額を聞いた時は一瞬固まったが財布から一万円札を取り出して渡した。写真に7,500円もかかるとは…予想外の出費が痛かった。
僕と天神さんはまた狭いエレベーターに乗り1階まで降りてビルの外に出た。外はすっかり暗くなっており帰路につく人、飲みに繰り出す人と多くの人が歩いていた。
「このための1万円だったんですね」
「そうです」
天神さんは表情を変えずに横を歩いている。写真代金に一万円持ってこいと言うと僕が渋るのを想定して言わなかったのだろう。
「7,500円の写真代は高すぎませんか」
僕は少し不満を含ませて言った。
「写真の出来で書類選考に落ちることもあります。7,500円写真に支払うことで自分が望む会社、職種、給与を得る可能性が高まるなら費用対効果は悪くありません」
天神さんは新宿駅東口にある喫茶店“ポパイ”に入っていった。
「履歴書と職務経歴書の添削をします」
天神さんは茶色いフカフカのソファに座りながら言った。僕は濃い緑色のイスを引き寄せ座りカバンから履歴書と職務経歴書を取り出した。
「職歴を棚卸しした時の資料も出してください」
僕は棚卸しを書いたノートを天神さんに渡した。天神さんはノートをパラパラとめくって内容を確認している。ノートから僕の雑な文字が見える。ノートと履歴書、職務経歴書を見た天神さんはレモネードを一口飲んだ。
「職歴の棚卸しはしっかりとできています。しかし履歴書と職歴は改善する必要があります」
天神さんは履歴書を僕の目の前に差し出した。
「まずは履歴書です。履歴書のポイントはシンプルに作るです」
「シンプルに作る?」
履歴書は情報を伝えるための書類なのでできるだけわかりやすく情報を加えた方が良いのではないだろうか?
「その前に履歴書の最低限押さえておきたいポイントを話します」
天神さんはナフキンに文字を書き始めた。
1、誤字脱字を無くす  2、しっかりとした写真を使用する 3、隠さない
「誤字脱字は複数回のチェック、印刷をして紙で確認、できれば第三者に確認をして貰い回避しましょう。写真はさっき撮ったものを使用します。スピード写真やスナップ写真などは絶対辞めてください」
スナップ写真で撮った僕の顔写真はぎこちなく笑っている。
「3番の隠さないとはどういうことですか?」
「人は聞かれたくないことを隠します。それは履歴書でも同じ心理が働きます。学歴、職歴、罰則、病歴など様々です。しかし書かないことによってその事実が変わることはありません。ゴールは採用されることではないです。ゴールは入社後にイキイキと働き幸福になることです」
「確かにそうですね」
天神さんの目に悲しみの影が見えた気がした。
「そして人事担当者も隠している部分に何かあると気づいてきます。それが見つかった場合は信頼関係は崩れていきます。なので隠さないでください」
「わかりました。この3つが大切なことなんですね」
「この3つは基礎中の基礎です。守れていて当たり前です」
天神さんの厳しい言葉か僕の胸に刺さった。
「この3つを基礎として履歴書作成で重要なことはシンプルです。シンプルとは」
天神さんはまた紙ナプキンに何か文字を書き始めた。



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