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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第21話

第21話 浅見さん
天神さんから他にも複数の企業を受けるように指示があったのでリクナビ、マイナビなどを見て企業を探した。自分自身の企業探しの軸がしっかりと決まっていたので応募先を見つけることにはそれほど時間はかからなかった。
Y社以外に受けるのを決めたのは4社。全てルート営業で業界は文房具など自分が興味・関心を持てる業界にした。この5社それぞれに合った履歴書、職務経歴書を書くのは大変だった。応募までに時間をかけるとポジションがクローズする可能性があるので1週間が期限となった。

天神さんとの打合せからの1週間は毎朝履歴書と職務経歴書を書き直した。自分でも知識を仕入れるために本屋に行き職務経歴書の書き方や文章表現に関わる本を購入した。仕事終わりはクタクタだったが本を読み、気になるところはマーカーを引き履歴書と職務経歴書に反映させた。天神さんとやり取りを行い第11校でやっと“問題ないので提出して下さい”と天神さんから返事が来た。土曜日の午後18時になっていた。僕はベッドに倒れ込み大きく息を吐いた。緊張の糸が切れると急に空腹感が襲ってきた。その時初めて昼ご飯を食べていないことに気がついた。僕が何か食べようと台所に向かった瞬間に天神さんから“まずは書類提出を終わらせて下さい”と連絡が来た。天神さんには敵わないなと僕は頭をかきながら机に向かった。
書類の提出とチャーハンを食べ終わった後に啓斗君から連絡が来ていた。“最近調子はどうかな?一度集まってみんなで情報共有しない”僕は少し考えて今月の空いている日を送った。頭には浅見さんの顔が浮かんでいた。

1週間後、集合場所の新宿にあるハワイアンレストランに行くと10名以上の男女が座っていた。
「荒田君、久しぶり!」
啓斗君が笑顔で手を上げて僕を読んだ。
「久しぶり、結構人がいるね」
「他のフェアでもあった転職希望の子たちも読んでみた。情報は多ければ多いほどいいだろ」
啓斗君はメニューを僕に渡し、また違う人の所へ行った。仕事では顔見知りをしないのだがプライベートだとなぜか緊張してしまう。僕はメニューを真剣に読むフリをしてその場を乗り切ろうとした。すると横に浅見さんがいつの間にか座っていた。
「3人だけかと思ってた」
急に浅見さんが横に座ってきたので僕はドギマギした。
「僕もそう思ってました」
「知らない人と大勢で会うの少し苦手なんだよね」
浅見さんは水を飲みながら言った。
「僕もです」
「そうだと思った」
浅見さんはメニューを指さした。
「メニューずっと見てたから」
「バレました?」
「バレバレだよ」
浅見さんは笑った。僕も笑った。その後は現在の就職活動や今の会社について話をした。職務経歴を見せた時に浅見さんは驚いていた。
「すごくいい職務経歴書だね。とても優秀な人に見える」
「まるで僕が優秀じゃないみたいじゃないか」
「そうゆう意味じゃないよ」
浅見さんは笑いながらロコモコ丼の卵部分を潰して混ぜた。
「しっかり書けてるって意味。どんなことに気をつけて書いてるの」
彼女は聞いた。
「ポイントは自分の書きたいことではなく相手の知りたいことを書くこと」
僕は天神さんに聞いたことをさも自分の知識のように話した。彼女は驚きの表情をしていた。
「だから書類選考で落ちたんだ」
彼女は何かに気づいたのか独り言を言った。
「どこからその情報を得たの」
「本を読んだり色々」
僕は天神さんのことはなぜか言えなかった。彼女とはその後、文房具のことや趣味について話した。特に同じシリーズの映画が好きな事で盛り上がった。その日は他の人と話すことは殆ど無く彼女とずっと喋っていた。

「えーそれでさ皆さん今日は有効な情報交換が出来たでしょうか」
啓斗君が立ち上がって言うと、皆が拍手をした。啓斗君は指揮者のように皆の前に手をかざしていた。
「より情報共有を深めるために希望者はこれからカラオケに行こうと思います!」
カラオケで情報共有はできないだろうと笑いが起きた。啓斗君によって集められた10名以上の男女はぞろぞろとハワイアンレストランを出て行った。新宿は夜にも関わらず人の数が減らずむしろ勢いを増しているようだった。きらめくネオンに夜の熱気を感じた。カラオケに行くメンバーを横目に僕と浅見さんは新宿JR線東口に向かった。
「映画来週に公開だったっけ」
「たぶんそうだったと思うよ」
沈黙が流れる。本当は一緒に観に行こうと言いたかったがその勇気は出なかった。東口が近づいてくる。多くの人が行き来をしている。日本中の人が集まっていると錯覚してしまう。これだけ多くの人がいて、それぞれに仕事があるなら転職も容易ではないかと謎の自信が湧いた。彼女はJR線、僕は小田急なので改札口で別れた。彼女は笑顔で手を降って人混みの中に消えた。
彼女とはその日以降連絡を取り続けた。就職活動のことから趣味まで様々なことをだ。
仕事終わりに今では習慣となりつつある浅見さんからの連絡を確認するために携帯を開くと応募先の企業から返信が来ていた。メール表題は「書類選考の結果に関して」。僕はドキドキしながらメールを開くと見事通過をしており、1次面接の候補日が記載されていた。その後はタイミングを見計らったように他の企業からも返事が来ており5企業中4企業が書類選考を通過していた。僕は急いで天神さんに連絡を取り、書類選考通過ことを伝えた。
「天神さん!ありがとうございます!4企業書類選考通過しました」
「書類選考通貨はスタートに過ぎません。次は一次面接の準備をしましょう」
天神さんの冷静な声が聞こえてくる。
「よろしくお願いします」
僕は手帳を開いて天神さんと会える日を確認しようとした。
「このままテレビ電話にしてください」
天神さんはまさかの提案をしてきた。お風呂上がりでパジャマの姿でテレビ電話にするのは少し恥ずかしい。
「今いけますか?」
天神さんのダメ押しの声が聞こえてくる。僕は観念してパーカーに着替え直した。
「大丈夫です」
天神さんからテレビ電話の通知が来る。僕は対応のボタンを押した。天神さんは外のカフェにいるようだった。
「それでは一次面接の対策を始めていきます」
僕は慌ててノートの準備をした。

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