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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第18話
第18話 棚卸しと人生グラフ
朝6時に起きて机に向かう生活にも慣れてきた。最初は起きるのが辛くて何度も辞めそうになったが3週間継続したころから辛さは無くなった。朝の静かな時間は清々しい気持ちにしてくれる。窓から射し込む朝日が気持ち良い。最近は白湯を飲むようにしている。白湯の入ったグラスを机に置き、モーニングノートを広げた。褒められた過去と自分の長所を聞くワークで得た情報をまとめることにした。「やさしい、素直、説明がわかりやすい、思いやりがある、行動力がある、面倒見が良い、人前で話すと褒められる」
自分の長所をノートに書き出す作業は楽しかった。自分自身を肯定できる気がした。自分の強みを書き出したがこれがどのように転職活動に活かしていけるかまだピンと来ていない。天神さんからのメッセージを確認してみる。「履歴書と職務経歴書を書くためには棚卸し作業が必要です。年齢を横軸としてその下に所属していた会社を記載します。そして縦に仕事内容や業界、経験、成果、学び、成功事例、大変だった経験をできるだけ細かく記載して下さい。そうすれば棚卸しができます」メッセージには手描きで書かれた図が添付されていた。僕は天神さんのアドバイス通り仕事の棚卸しを始めた。
とりあえずノートに横軸の年齢を記載していく。大学時代のアルバイトからとすると18歳からだ。27歳の今までの職歴を棚卸しするには少々時間がかかりそうだった。僕は空になったコップに白湯とレモン数滴を入れて勉強机に戻った。今日は土曜日だから時間はある。腰を据えて今までの職歴を振り返ろうと決めた。仕事の記憶を掘り起こしてみると自分が予想以上に多くの仕事内容にたずさわっていることがわかった。大学時代のコンビニ、アパレル、品出しバイトや社会人に入ってのIT関連営業職。IT関連の営業も細分化をしていくとアポイント、商品プレゼン、フォローアップなど様々な要素に分解することができる。自分自身の経歴を振り返り分解していくと思った以上の経験があり、これなら転職もできるかもしれないという気持ちになった。3時間ぐらい経っただろうか?背伸びをして固くなった体をほぐした。僕は空腹を感じたので一旦棚卸し作業を辞めて昼食を取ることにした。
冷蔵庫を開けると豚肉、卵、ネギが入っていた。それ以外は納豆と調味料だけだ。コンビニまで歩いて5分程度でいけるのでコンビニ飯も考えたが健康と節約のために自炊をすることにした。豚肉を細切れにしてご飯と強火で炒める。油は普段より多めに入れている。フライパンを動かし全体に熱が通るように注意した。醤油を全体にかけると食欲をそそる良い匂いがしてきた。最後に2個卵を割って溶いてフライパンに円を書くようにして入れた。ご飯と卵を菜箸で崩していく。卵が固まってきた時に塩と胡椒を多めに振った。母親直伝の炒飯完成だ。シンプルだけど美味しい。母親に作り方を習ってからは頻繁に作っている数少ない僕の料理レパートリーの1つだ。
チャーハンを食べながら自分の職歴を再確認していく。接客業や営業が中心で対人関係の仕事が多いようだ。自分の中でもコツコツやる事務作業よりも人の話を聞いたりする仕事の方が向いていると思う。携帯に通知がポップアップで出てきた。天神さんからだ。
“職務経歴の棚卸しが終わったらそこで安心せず人生折れ線グラフを書いて下さい。縦軸が人生点数、横軸が年齢となります。折れてる部分で何が起きたか、どうしてその判断をしたかを書いて下さい”
職歴の棚卸しをして安心している自分が見透かされているようだった。天神さんはどこかで見てるのかもしれない。人生折れ線グラフの出来事を書くのはわかるけど、判断した理由を書くのは何故だろう?疑問が頭によぎったが、残ったチャーハンをかき入れ空になったお皿を流しに置いて机に向かった。
人生折れ線グラフを書いていると自分自身の経験が思い出されて懐かしい気分になった。高校時代にスラムダンクの影響でバスケ部に入部万年補欠だったが3年生最後の夏に交代で出場してシュートを決めたこと、大学受験に失敗して落ち込んだことなど。様々な人に支えられた人生だと言うことがわかった。職歴の棚卸しと人生折れ線グラフの書き出しが終わったので僕は履歴書と職務経歴書の作成に取り掛かることにした。
新卒時代は大学指定の履歴書に手書きで書いていたが、キャリア採用の場合はダウンロードしてPCで入力をするようだ。新卒の時に何度も書き直したので手書きでなくて安心した。履歴書と職務経歴書のひな型はネットで調べると簡単に見つけることができた。ひな型をダウンロードして経歴を書きこんでいく。棚卸しをしっかりとしていたので職務経歴書を書くことに苦労はしなかった。程度PCの前で座っていること2時間!ついに履歴書と職務経歴書が完成した。僕は大きく伸びをして息を吐き出した。肩がコチコチになっていたのでグルグルと回してほぐした。
PC画面上の履歴書と職務経歴書を見てみる。しっかりと書き込まれている。我ながらよくできたと思った。しかし顔写真の部分だけが空白だ。僕はスーツに着替えて最寄り駅に向かった。休日のために駅には親子連れやカップルが目立つ。スーツ姿の僕はその中で少し浮いていた。駅付近の角にお目当てのスピード写真機を発見した。履歴書の顔写真を流石に携帯で撮るわけにもいかないのでここに来たわけだ。美肌、ビジネスなど様々なモードがある。データでの受け取りも可能のようだ。お金がもったいないので普通モードのデータ受取りにした。狭い箱の中に入りビニールのカーテンを閉める。機械の指示通り顔の位置を合わせて撮影のボタンを押した。カシャカシャと音が鳴り撮影は終了した。そこにはぎこちなく前を見つめる自分の顔写真が写っていた。僕は顔写真のデータを履歴書に貼り付けた。最近は携帯で何でもできる。完成した履歴書と職務経歴書を天神さんに送った。送ってから数分で天神さんからの返信があった。確認してみるとそこには
“来週の金曜日18時 新宿駅東口に1万円を持って来てください”とだけ記載してあった。履歴書への評価などは全く書いていなかった。