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意識が無意識になるまで|稲見昌彦×野村忠宏対談シリーズ 第2話

身体論を語る際にスポーツ選手の視点を欠かすことはできません。とりわけトップを争う選手は、いわば自分の体を誰よりも自在に操れる人材。その意見の重さはなおさらです。自在化身体セミナー第6回は、オリンピックのゴールドメダリストをゲストに招きました。柔道60kg級で3大会連続の栄冠に輝いた、日本を代表するアスリートの野村忠宏氏です。対するホストの稲見教授は、競技の頂点に立つ上で必要な体と心の関係性から、そこに至る練習法と技術による支援の可能性、世界に通用する文化を日本から広げていく方法論まで、自在化身体プロジェクトの発展につながるヒントを次々に聞き出していきます。(構成:今井拓司=ライター)

第1話はこちらからお読みください。

やり過ぎをどう止めるか

前回の議論で、柔道における触覚や無意識の動作の重要性が明らかになりました。それを受けて今回は、トップ選手がこのような能力を育む練習の方法論に踏み込みます。

稲見 ちょっと話がそれますけど、トップアスリートの方々ってメンタルがものすごい強い。それ故に、逆に練習し過ぎて故障するかもしれない問題って、競技によっては聞くんです。そこはどうやってバランスを保てばいいと思われます?
 うちの大学の場合、みんな心配になると勉強し始めてしまって……未知のことなんだからそろそろ勉強より実験して試してみた方がいいよ、みたいなところもあるんですけど。

野村 柔道の場合、ごく少数ですけど、やっぱいますよね。「もうやめとけ」っていうふうに止められる選手って、少ないっちゃ少ないです。自分の場合は止められることはなかったですね。

稲見 それは適切なバランスだった?

野村 ……だし、ある程度、経験も積みながら、自分の本当のギリギリの「ここまでやらなきゃいけない。けど、これ以上はできない」ってレベルを何となく判断できるようになった。
 それよりも、なるべく時間軸じゃなくて質のレベルで測る中で、試合に近い緊張感とかプレッシャーとか恐怖を、いかに練習の中でイメージしてつくりだして、試合に近い状況で練習をするか、いうのに重きを置いてたので。

稲見 それこそ超人スポーツお話をお伺いしたときに、まさに質をものすごい意識されてるっておっしゃっていたことを思い出しますね。
 今のアドバイスですごい大切なのが、最近の学生も研究者も、それこそ社会人であっても、自分がどこまで頑張れるのか分からないままやってしまって、結果的に頑張り過ぎてバーンアウトしちゃう。つまり自分自身の取扱説明書がよく見えてないって問題があると思うんです。もしくは体の声も聞こえてない。

野村 限界を超えるような練習を繰り返す事は、怪我やオーバートレーニング症候群にも繋がるので、経験の浅い若い選手に対しては、そのギリギリのラインを見極めてあげるのが指導者の役割です。ある程度の経験やキャリアを積めば、己の実力や限界値を理解した上で、練習の取り組み方、メンタルとフィジカルのコントロール、休養などの自己管理ができますけどね。

根性論から理詰めの練習へ

稲見 無駄か無駄じゃないかは、どうやって分かってきました?

野村 やっぱり若いときに、色んなことやったからかなと思います。もちろん量も突き詰めたし、質も突き詰めたけど、質を突き詰めていったら量はそこまでできないってなる。でも日本人の場合、特に20年前とか30年前だったら、量をこなさないと、時間をこなさないと「サボってる」って言われる。自分も結構、色々言われましたけどね。
 やっぱり試合で5分間やったら、もうバテバテになる。なのに「2時間、練習しろ」ってなったら、2時間練習できる。調整しながら2時間する、ってことになるから。
 自分は恩師が理解ある方だったから「とことん質を突き詰めていけ」って言われて。結局、質を突き詰める取り組みは結果で証明するしかなかったですね。オリンピックで金取ればね、そのやり方が正解って証明できるわけだから。「野村は練習時間は短いけど、練習の仕方が分かってる。自分の突き詰め方が分かってる」っていう。

稲見 かっこいいですね(笑)。もうちょっと言うなら、柔道界で量が質に変わったのはそれこそ野村さんの貢献なんじゃないですか。

野村 今の指導者たちは選手の声も聞くし、選手とコミュニケーションしっかり取って理解しようとするし。昔はやっぱり「こら、おまえら、やらんか」「サボんな」「死ぬ気でやれ」っていう、根性論的な指導が多かったですけど。

稲見 私の世代も、自分が指導の一環として当たり前のようにやられたことでも、今の学生には絶対やっちゃいけないことがたくさんあるとよく話していて……(笑)。どの業界も昭和の頃の指導を令和でやってはいけないと。でも、指導する立場がちゃんと気が付いてあげるって、やっぱり大切ですね。

野村 ええ。今は、科学的な分析とか理にかなったものが可視化できるようになってきたので、より意味のある取り組みはしやすいですし。それこそネット環境があれば、色んなデータが入ってくるし、試合の映像も残るし、そこから解析もできるので、世界中で柔道のレベルが上がってるなと思う。
 以前はそういうことができるのは柔道の環境が整ってる国で、やっぱり先進国が強かったけど、今はメダルの分布でいったら世界中に広まってますよね。動作の分析とかのレベルが上がって、すごく勝ちづらくなってるけど、それでも日本柔道がいまだにここまで強いのはすごいなと思います。

稲見 それこそ、(世界には)体格が全然違う人たちがいますからね。

野村 柔道の場合は階級別ですけど、骨格の違いとか、パワーの違い、体の質とかね。同じ階級なのに「何?」って思うとき、ありますね。

足りないのは力の見える化

稲見 なるほど。一方で、昨年(NHK番組の)『ヒューマニエンス』で体験いただいたもの(ウェアラブル・トーション・アレイ)をなぜ開発したかというと、映像がたくさんあるとおっしゃいましたが、映像で動きが見えても、力はなかなか見えないですよね。「技は目で盗め」と言われても、盗めるのはどう動かせばいいかだけで、どう力を入れながら、どう抜きながら動かしてるのかって、なかなか見てもよく分からない。
 その部分をきちんと記録したり伝えたりできないかな、という思いがありまして。柔道でまさに組んでるときの力がどう伝わってるかって今、分析されてるんですか。

ウェアラブル・トーション・アレイは、テコンドーのキックの際に動く筋肉の順番をあらかじめ計測しておき、ユーザーの脚に装着したモーター内蔵の装置を使って、順繰りに移り変わる圧力として伝えるシステム。ユーザーはHMDに表示されたCGで身体の動かし方を見ながら、脚に提示される圧力を手がかりにどの筋肉を動かすかを意識してキックを練習する。

野村 いや、そこまではないと思いますね。モーションキャプチャーで、相手をこう前に引き出したら、どういうふうに崩れるとかの分析はできてますけど。自分の体重も預けながら相手に圧力、プレッシャーをかけると、どういうふうに力が入るとか、技に入る瞬間にどういうふうに力を抜いてるとか、そういう分析はないと思います。

稲見 ないですか。新しい研究テーマ、見つかりました。

野村 相手のバランスっていうふうに何度も言ってますけど、力入れるのと抜くタイミング。その緩急が技の瞬間的な強さになっていくんで、パワーだけの選手、力持ちの選手っていうのは大して怖くないですね。本当に柔道の強い選手は、力の入れどころ、そして抜きどころ。脱力ができる選手はやっぱり強いので。

稲見 力といえば、我々の研究に通称、八百長綱引きといわれるものがありまして。

稲見 これ、1対1で綱引きをやってるんですけれども、種も仕掛けもあって、それぞれ後ろ側にモーターが付いてます。そのモーターでどれだけ力を助けてあげるかを制御できる。プレーヤーのスタミナも見ながら、どのぐらいアシストするかを、画面の手前の人たちが操作してるんです。
 ポイントは、パワーアシスト自転車みたいに引っ張った力に応じて後ろからぐっとモーターで引っ張ってあげるだけだと、モーターが手伝ってるなってプレイヤーが気が付いちゃうんですね。けれども我々が開発したのは、自分がぐっと引っ張った瞬間にタイミングを合わせて、そこだけモーターの力を入れてあげる。そうじゃないときはちょっと一瞬だけ抜いてあげるってすると、本人は気が付かずに自分の実力で勝ったように感じられる。要はハンディキャップを完全に透明にできるようなシステムなんです。
 この綱引きが面白いのは、大の大人と子どもが真剣勝負できるんですね。大人が手を緩めるんではなくて、大人も真剣に引っ張らないと勝てませんし、子どもも真剣にやってないと勝てないんです。その力のバランスをシステムがうまく調節してくれて、しかもその調整を本人たちは全く気が付かない。だから、本人の主観としては真剣勝負なんです。

野村 面白いですね。

稲見 人の力の感じ方って、単に1kgの重りに引っ張られたときと、同じ1kgでも引っ張ったり緩めたりしたとか、何もないところから突然ぱーんとやるのでは、全然変わってきて。いわゆる機械的な計測装置、普通のバネばかりとかとは全然違うんですよね。
 ですから、(柔道で)相手の動きに対して、このタイミングでやるとぐっと動いた、みたいなことは、物理の力ではなくて、脳みその中で感じた力ではないかと。それをどうつくってあげるかも、タイミングかもしれなくて。先ほどの組み手をするときの、どういうタイミングでどう力を入れると技に入りやすくなるのかを計測することは、大きな意味があるんじゃないかと思います。
 もう一つのポイントは、綱引きも単なる力の差だけでは勝敗がきっと決まらなくて、多分、色々と駆け引きもあったり、それこそスタミナ勝負もあるかもしれない。そういう力のやりとりの仕方を、試しにシンプルなシステムに落として研究してみましょうというのが原点で。こんな感じの仕組みを使って、野村さんがぐっとやってるところをちょっと見てみたいなと。

野村 全盛期のときにそれ、やりたかったな(笑)。

ここで、セミナーの司会を務める、東京大学 先端科学技術研究センター 身体情報学分野 特任講師の瓜生大輔氏も議論に加わります。

瓜生 さっき、(相手の行動の予測やコントロールには)片手だけではダメっておっしゃったじゃないですか。綱引きでもそれはすごくあって。
 やっぱり二つがつながって分かる感覚っていうのはありますか?電極じゃないですけど。

野村 そうですね。柔道の場合、相手を押したり引いたりするのはこっち(釣り手、右利きの人は右手)で、こっちの手(引き手、同左手)は相手を引き出したり、さらに大きく動かしたり。相手の胸をつかむ手は大体、この動き。こっちの手(引き手)はこういう大きな動きなんですね。両方でこう相手を崩す。相手も同じことをしてくる。

釣り手(右手)の動き
引き手(左手)の動き
両手で相手を崩す

野村 やっぱり両手から伝わるものって、すごく意味があるんですよね。ただ、一番相手の体に密着するのはこの(釣り手の)拳の部分。

瓜生 両利きの柔道家っているんですか。

野村 います。外国人とかで。セオリーがないというか、それぞれの国に民族格闘技、柔道に近い格闘技もあったりして、その流れを汲むのが強みになっている。言ったら、新しい柔道が出来上がるんで、左右の技ができるし、その状況に応じて色んなバリエーションで相手と組めるっていう。

稲見 それ、また予測しづらいですね。

野村 そうですね。その分、技や動きのバリエーションが増えるので。やっぱり日本人も海外に出て、そういう選手たちと練習とか試合で、体で感じる経験値を増やさないとダメだから、コロナでなかなか海外の試合がなくなったのはすごい影響ありましたね。

繰り返しが無意識をつくる

稲見 我々が取り組む自在化とは、(機械や道具などを)自分の身体であるように動かせることで、自在と言いながらも(無意識で動けるほど)自動的になって初めて身体化する場合もあると考えてます。柔道の場合、技を体で覚えるために形が大切なことはよく分かりますし、そのために反復が大切というのも分かる。
 ですが、野村さんが質を重視ともおっしゃってる中で、形を得るための質の高い練習法ってあったりするんですか。回数はもちろん大切だと思うんですけど、ただ単に漠然と回数を重ねるだけより、もう少し何か意識しながら?

野村 技の反復練習を柔道では打ち込みっていうんですね。大外刈り、背負い投げ、内股など色んな技があって、それぞれの技を打ち込みで練習するのですが、漠然とやっていてはダメです。
 例えば相手を引き出すときの手の引き方。普通の人はここで引き出そうとする。私の場合は、肘から先にやることでスピードと引き出す大きさが変わってくるとか。そうやって、一つ一つの体の動きに意識を持たせながら、反復する。

普通の人の引き方
野村氏の引き方

野村 打ち込みでは、相手がいても、相手は受けてくれるだけなんです。こちらの好きなようにできるから、そういうときにこそ、全てにおいて体の意識をちゃんと一個一個持って動く。体の正しい使い方、理にかなった考え方と、あとはスピードと力強さと再現性。常に同じ形で入れるかどうか。
 それができたときに、ようやく試合でその瞬間瞬間に(生きてくる)。相手ががっと力入れるわけだから打ち込みどおりにはできないけども、ここ(引き手)の使い方と腰の回転の仕方だけがはまれば、ちょっとこっち(釣り手)がダメでも投げることができるとか。

稲見 無意識(の動き)をつくるために、意識は必要なんですよね。

野村 意識の繰り返し繰り返し繰り返しで、それがもう無意識、反射のレベルでできるようになるっていうところまでの修練ですよね。

イメージと動きのギャップ

稲見 先ほどおっしゃった正確さとか再現性については、まさにそれがいわゆる運動音痴といわれる人と、そうじゃない人の違いかなという気もして。もともと音痴って色んな理由があるらしいんですけれども、その一つとして、自分の声の音程がずれてることを自分で意識できてないことがあると。それこそ、日本人が英語のLとRを聞き分けられないから練習もできないみたいに。
 運動音痴では、そういう感じのこと(自分の動きのずれを意識できない)が全身で起きてるんじゃないか。だとすると、自分の体をきちんと同じような動きで動かしてる、しかも思ったとおりの形にちゃんとなってると認識するためのコツとかあったりするんですかね。野村さんは生まれつき、できているのかもしれませんけど。

野村 うーん。よく、運動神経抜群で何でもできるって人もいるじゃないですか。私の場合は、柔道以外はあんまりできないんですよ。例えばこの前も始球式を頼まれてやったんですけど、全然ダメですよね。何となくピッチャーとかの映像を見て、パシーンって行く映像は頭にあるけど、全くできないですよね。

稲見 それはまた、やっぱりスキルの空間が違うんですかね。

野村 違うと思うんですよね。

稲見 ただ単に頭の中にイメージできた映像を、ご自身の体で再生できるという話じゃないわけですね。

野村 繰り返し繰り返しで、本当に時間をかけてやれば、だんだんそっちには近づいていけると思うんですけど。
 ただ、再現性って言ったけど、ゴルフとか野球のピッチング、それこそ柔道も、やっぱり全く同じ動きはないですから。常に相手によって変化するから、全くの再現性ではないと思うんですよ。
 例えばアーチェリーとか決まった動きのものは、ぱっと見た感じ簡単そうに思うんですけどね。それほど複雑な動きでもないし。けど、実際やってみたらできないですね。

稲見 ちなみにピッチングは、NTTの研究所の柏野さんらによる研究なんですけれども、やはりトップと中級ぐらいの方では違うらしくて、フォームの違いではなく、球速を変えたときに中級ぐらいの人は上半身の速度が変わるらしいんです。けれどもトップの人は、全身のフォームはほぼ同じで全身の動きが速いか、ゆっくりかで球速を変えてるらしいということをおっしゃってましたね。全身動作に差が出るっていうのは、ちょっと面白いなと思って。
 でも、あー、一般的な運動音痴はないってことですかね。つまり、思ったとおりに体を動かせないから運動が苦手ってだけではない。結局、それぞれのスポーツの中で得るべき体の動きがあって、そこはできるわけですよね。

野村 柔道に関しては、もちろん一般的に運動神経がいいっていわれる選手もいるけど、結構、どんくさいっていわれる選手らも超一流になったりしてますからね。

稲見 一方で、ある一つのスキルを得るときに人によって山の登り方が違うかもしれなくて、こちら側から登るのが得意な選手に、こちら側のアドバイスをしても、うまくいかないって話を聞いたことあるんです。柔道ではそういうことってありますか。やはり伝統があるので、「この登り方はこうだ」みたいに、システマチックに決まってるんですか。

野村 やっぱり国を代表するような選手は、早いともう中学生ぐらいから頭角現してるし、遅くても大学の1年生、2年生ぐらいには全国的に名前が売れてることが多くて、基本的に中学にしても大学にしても部活動の世界なので、練習メニューに関してはみんな一緒ですね。

稲見 一緒ですか。

野村 はい。その選手だけオリジナルで特別メニューっていうのはなくて、柔道部として決まった練習の中でやっていく。ただ、やっぱりそういう中でも与えられたメニューや練習に、どういうふうに取り組んでいくのかでは差が出るっていう。
 あと、そのときの大学の先生とか高校の先生、先生との出会いで変わるって選手は、やっぱ多いですね。

稲見 先生との出会い。それは研究者の世界でもありますね。先生はやっぱり大切なんですね。

野村 大事だと思いますよ。ものすごい厳しかったけど、その選手に合ってる場合もあるし、厳しい先生でつぶれた選手もいるし。

稲見 それも、私の分野でも聞く話です(笑)。

小学生大会の弊害

稲見 先ほどトップレベルの選手は、中学から芽が出るとおっしゃってましたが、最近小学校の全国大会はやらない方がいいんじゃないかって議論が。

野村 そうですね。全日本の柔道連盟が主催する小学生の全国大会は廃止になりました。色んな大会がある中の一つが廃止になった形です。
 柔道って、本当に怪我が多いスポーツなんですね。厳しいスポーツ、怖いスポーツってイメージもあるし、やっぱり怪我も多いし。そういう中で、体が出来上がってない小学生が、そこまで試合を重視する必要があるのかっていう。
 全日本柔道連盟が主催する大会を廃止したってことで、議論が色々起こったんです。そこに意味があったと思うんですよ。試合がダメじゃなくて、試合のやり方なんですね。
 柔道って中学生からは男子、女子、それぞれ7階級あるんですね。小学生って2階級しかないんです。例えば小学5年生って45kg以下と45kg超なんです。そこで問題になったのは、多数ではないんですけど、例えば48kgの小学生がどちらのクラスに出るか。普通で言ったら、45kg以上。でも3kg減量したら、下の階級だとやっぱ体的には立派なんですね。そっちの方が勝率が上がるじゃないですか。
 45kg以上だったら、70kgの子もいれば80kgもいる。だから、「有利なクラスで試合したい」ってなったときに、減量を課せられる子もいる。小学生のうちに。

稲見 そうか。小学生で減量したら、成長に影響あるかもしれない。

野村 ……とか、やっぱ勝利。高校、大学、オリンピックってなって、本当の競技ってなったときには、もちろん勝利に対する貪欲さって必要だけど、小学生のうちにそこまで勝利にこだわる必要があるのか。体も心も発育過程の中で。
 それでも勝利にこだわる指導者や保護者がやっぱりいて、子どもに対して厳しい指導とか、審判に対してクレームとか、教育的な観点でプラスにならないようなことも多く見受けられたんですね。そういう意味で、試合がいい悪いじゃなくて、試合の中で子どもが感じる部分とかをトータル的に考えたときに、しっかりと議論しようよって話になって。

稲見 ちなみにロボットの世界大会も小学生部門は保護者が一番すごいって話、聞いたことあるんですけど、それは置いときまして。
 やっぱり人にとって、子どもから大人になっていくときって、まさに自分の身体性がどんどん変わっていく過程でもありますよね。身体性が変わっていくと、例えば小学生のときに得意だったものが得意じゃなくなったり、逆上がりできてたのが苦手になったりとかよく聞くんです。
 柔道の場合も、小学生からずっとやっていると、身体性が変わると勝つやり方も変わったりとか、逆に変な癖がついちゃうと、大きくなって世界レベルへ行けなかったりするんじゃないかって思ってたんですけど、そこはどうなんでしょう。

野村 まさしくそうですね。子どものうちだと、例えば体の大きな子だともう体重、自分の体だけで勝てるってあるんですよ。ただ、周りが成長するにつれて、みんなに筋肉がついて、パワーがついて、テクニックが出てきたときに、小学生のときに小手先っていうか、その場限りの、ちょっと運動神経がいい、スピードがある、体重がある、そういうもので勝ってきた子たちは、やっぱり体が平均値になってきたら勝てなくなりますよね。

稲見 勉強でも、例えば数学って暗記である程度、行けるレベルもあるんですよ。場合によっては大学入試もそれで大丈夫だったりもする。でも、原理原則の理解がないとやっぱりその次に行けなくて。暗記だけに頼ってしまうと、結果的に深い洞察までたどりつけないみたいなところがあって。
 それって、ある勝負に勝つには有効な技だけれども、その技には限界がありますよっていう一つの例なんですよね。柔道でもそういうのはあるわけですね。

野村 ありますね。だからこそ、勝つための柔道って小学生のうちは必要ないんじゃないってところにつながってくるんですね。

第3話に続く)

自在化身体セミナー スピーカー情報

ゲスト: 野村忠宏|《のむらただひろ》
柔道家・株式会社Nextend 代表取締役

柔道男子60kg級でアトランタオリンピック、シドニーオリンピック、アテネオリンピックで柔道史上初、また全競技を通じてアジア人初となるオリンピック3連覇を達成。2013年に弘前大学大学院で医学博士号を取得。2015年に40歳で現役引退後は、自身がプロデュースする柔道教室「野村道場」を開催する等、国内外にて柔道の普及活動を展開。また、テレビでのキャスターやコメンテーターとしても活躍。自身の柔道経験を元に講演活動も多数行い、全国を飛び回っている。


ホスト: 稲見 昌彦|《いなみまさひこ》
東京大学先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授

(Photo:Daisuke Uriu)

東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野教授。博士(工学)。JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト 研究総括。自在化技術、人間拡張工学、エンタテインメント工学に興味を持つ。米TIME誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会代表理事、日本バーチャルリアリティ学会理事、日本学術会議連携会員等を兼務。著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書)、『自在化身体論』(NTS出版)他。

「自在化身体セミナー」は、2021年2月に刊行された『自在化身体論』のコンセプトやビジョンに基づき、さらに社会的・学際的な議論を重ねることを目的に開催しています。
『自在化身体論~超感覚・超身体・変身・分身・合体が織りなす人類の未来~』 2021年2月19日発刊/(株)エヌ・ティー・エス/256頁

【概要】

人機一体/自在化身体が造る人類の未来!
ロボットのコンセプト、スペイン風邪終息から100年
…コロナ禍の出口にヒトはテクノロジーと融合してさらなる進化を果たす!!

【目次】

第1章 変身・分身・合体まで
    自在化身体が作る人類の未来 《稲見昌彦》
第2章 身体の束縛から人を開放したい
    コミュニケーションの変革も 《北崎充晃》
第3章 拡張身体の内部表現を通して脳に潜む謎を暴きたい 《宮脇陽一》
第4章 自在化身体は第4世代ロボット 
    神経科学で境界を超える 《ゴウリシャンカー・ガネッシュ》
第5章 今役立つロボットで自在化を促す
    飛び込んでみないと自分はわからない 《岩田浩康》
第6章 バーチャル環境を活用した身体自在化とその限界を探る        《杉本麻樹》
第7章 柔軟な人間と機械との融合 《笠原俊一》
第8章 情報的身体変工としての自在化技術
    美的価値と社会的倫理観の醸成に向けて 《瓜生大輔》