企画倒れでも、早過ぎだとしても|稲見昌彦×奥秀太郎対談シリーズ 第3話
ファラデーのひそみに倣う
稲見 舞台とテクノロジーでやはり思い出すのが先ほどのペッパーの幽霊ですね。開発したのがジョン・ペッパーという方なんですけれども、その方はRoyal Polytechnicの所長もやってたんですよね。その所長が当時のハイテク技術として、ペッパーの幽霊を作って、特許も取ってるんですよ。ちなみに、それより前の18世紀末ぐらいからロバートソンというベルギーの技師がファンタスマゴリア(Phantasmagoria)という、今で言うところのプロジェクションマッピングを行ったりもしてたんですが。
で、ペッパーの幽霊は、ディケンズの『クリスマス・キャロル』の舞台とかいろんな演目をやって、それこそ幽霊と決闘するシーンもあったらしいんですけれども、その招待客の一人としてマイケル・ファラデーがいたらしいんですよね。
マイケル・ファラデーは、もちろん科学者としてめちゃくちゃ有名ですが、市民科学の元祖でもあると思うんですね。『ロウソクの科学』という本を書いただけではなくて、クリスマス・レクチャーという形で、一般向けに公開の実験講座を始めたりもして。
もしかするとペッパーの幽霊を見たファラデーは、サイエンスやテクノロジーを一般の方に広く示すやり方として、ショーとしてクリスマス・レクチャーをやったんじゃないかなと思ったことがあるんですよね。よくダ・ヴィンチのころにはサイエンスとアートは一緒だったっていいますけど、昔はエンターテインメントとか舞台も一体化してたんじゃないかと、あらためて考えました。
マイケル・ファラデーは私のヒーローで、自分もああなりたいと思ったりもするんです。同じようなことを今の日本で少しでもできるならば、爪跡を残せるならば、有意義かもしれないなと。今回の自在化コレクションはその取り組みの一つとして考えています。VR能もそうなんですけれども。
奥 そうですね。ファラデーのクリスマスレクチャー、非常にファンタスティックだと思います。
11月の自在化コレクションも、皆さんの研究成果と研究者たちが一堂に会したところを、客席がぐるぐる回りながら最後見れたりしたら、すごく感動的ですよね。それこそメタリムといい、吉田(貴寿)さんが研究している床の装置なども、エンターテインメントとの親和性がものすごく高い。
とにかく稲見研に行くと、入り口のネオンサインから始まり、エンターテインメントと非常に近い距離にあって、何かしら実装できるものがたくさんある気がしていて。大変に面白い場所なので、足しげく通わせていただいてます。
自在化コレクションの1回目はインビテーションだと思うんですけど、それがプレミアム・インビテーションになるぐらい、何か面白い仕掛けをして……。翌年以降に、それをテーマにしたいろんな映画や舞台がたくさん作られるような、そんなことをちょっと考えてまして。VR能 攻殻機動隊も11月にはアップデートしたバージョンで、自在化にひも付いた一つのイメージになるようにしたいと思っています。
稲見 「これが始まりだった」と言われるといいですよね。
先ほどの、福地先生と部室が隣だったのが今回の舞台につながったみたいなことって、たくさんあって。私がいる先端研も面白いところで、いろんな分野の先生たちが集まっている。例えば、私の居室の隣が牧原(出)先生という、法律とか、行政とか、政治とかをされてらっしゃる先生なんですけれども、廊下で出会って雑談しているうちに、デジタル政治学っていうのをやらなくちゃいけないんじゃないか、みたいな。
場所が物理的に近いだけで新しい掛け算が始まるのは非常に面白いと思いますので、そういう意味で奥監督もぜひ先端研に出入りいただいて、いろんなアイデアが出てくるといいなと思います。
奥 LLKは本当に面白くて、僕も現実で久しぶりにロールプレーイングゲームをしているような感覚です。何回か通っているうちに、「あ、この人がいた」とか、「この人が研究してる」とか、ちょっと話し掛けてみるとか、何回かしたら話し掛けられる距離感が分かる、とか。
今、何かしらステージで実際に動かせるようにできないか、アイデアを練っている最中で。たぶん7月ぐらいに、できれば駒場小空間でゴーストグラムを組んで、さらにそこでメタリムとかも使ってみたり。メタリムも、意外と能の衣装の中に入ってうまく機能するんじゃないかと思っていまして。和服だと意外にスペースが大きいんで。
11月のコレクションに何を入れるのが一番いいのか。たぶんゴーストグラムとメタリムは外せないと思うんですけれども、それ以外でも、仮に10個だとしたらどれなんだろうかとか、そんなお話もいずれ先生や皆さんにお願いしたいと思っております。
稲見 ぜひ、お願いします。
構想倒れするほど攻める
稲見 今回、奥監督は我々の取り組みに興味を持っていただけたと思うんですけれども、研究者も表現者も、実は好き嫌いって大切だと思うんですよね。ものすごい好きなものが何もないというのは、ある意味、自分の内側に軸がないという。
もちろんその好き嫌いは、ふわっとしたものだけではなくて、それをしっかりと言語化して体系化して述べるのは、もしかすると実は博士論文かもしれない、ぐらいな話もありまして。やはり好き嫌いって、発信するときにすごい大切なんですよね。
で、奥監督としては、どういう方向性のものが好きというのはあったりするんですか。好きの軸というか。
奥 いい言葉かどうか分からないですけれども、やはり普通ではないとか、さっき言った非常識、攻めているものとかはきっと大好きなんだと思います。
ちょっと変な言い方ですが、エンターテインメントの表現って、現実に実装するよりも、攻められる範囲がより広いんじゃないかなと。もちろん昨今のエンターテインメントにも倫理観は大変求められているので、それには抵触しないようにしますけれども。
そういう意味では、やっぱり攻めるだけ攻めたなとか、構想倒れなんて言い方もありますけれども、構想倒れをするぐらいのものの方が、過去のSFとかでも面白い気がする。ジョン・カーペンターじゃないですけど、完成度よりも、「きっとこれやりたかったんだろうけど」ってものに、人は熱狂するところもあって。完璧な演奏よりも、そのすさまじいエネルギーが伝わるような作品って、やっぱり僕は大好きで。
稲見 かっとなってやっちゃった感があるわけですね。
奥 そうですね。もちろんちゃんとまとめるつもりではいるんですけれども、やっぱりぎりぎりまで色んなことを攻めたいなと思いますし。
お手本のような作品も、それはそれで素晴らしいし、自分にはできないなって思ったりもすることもたくさんある。そういう作品が嫌いなわけではないんですが、それ以上に「うわーっ、これ攻めてるな」とか「これはすごい何かを目指したけど、ぎりぎりたどり着かなかったんだろうな」なんていう映画や舞台にはいたく感動し、共感してきたなと思います。
稲見 私もよく学生に説明するんですけど、クールとグレートって違っていて。定本どおりにしっかり積み上げていくのはグレートにはなるんですけれども、グレートだからといってクールとは限らないし、クールだからといってグレートとは限らない。だけれども、私はクールが好きなんだという。クールでありホットであるのが好きだな、という感じはありますね。
奥 よく海外の人とも話すんですが、いい意味でクレージーな作品群が大好きだったりしますね。もちろんその中にも色んな種類のものはあると思うんですけれども。あとは人を驚かすようなもの、インパクトのあるものが大好きなんだろうなと。
早すぎても時代が追いつく
稲見 一方で、エンターテインメントも、研究もそうなんですけれども、驚きって完全に外れてしまうと驚きではなくて、むしろ気が付いてもらえないかもしれない。たぶん、ある期待値の円錐みたいなものがあって、その外側だともう視野に入らないし、ど真ん中すぎると驚きがなくなってしまう。ど真ん中でもないし、でも視野から外れないような部分をどう攻めていくかが、すごい大切なんだろうなと。
奥 もちろんそれは心掛けなければいけないところで。これまで僕も、もう若気の至りで、色んな作品の中で、数多く失敗もしているので……。やっぱり、勢いのあったものもあれば、途中で、「ああ、やっぱりこうしときゃよかったな」っていう、外しすぎたものももちろんありますし……。
稲見 観客置いてけぼりというのがたぶんあったり。それがまさに円錐の外側ということですよね。もしくは早すぎた作品もあるわけで。
奥 ありますね。でも、おかげさまで映画は今になって見てくれる方がいたりもしますし、舞台は舞台で再演ができたら大変ありがたいですし。おかげさまで、自分が関わってきた舞台は再演率が高いというか、再演請負人なところも割とあるので。
そういう意味では、自在化コレクションも、再演とか、バージョンアップ、リニューアルができる、いろんな作品で「全てはここから始まった」みたいに言われるようなイベントにできたら、本当に冥利に尽きるなと思っております。
稲見 とはいえ、早すぎたことも、生きているうちに後から評価されるのであれば、それはそれでうれしいかなと思うところもあって。
あまり有名じゃない研究なんですけど、実は一般にすごい使われている技術として、視差マッピングというCGの方法があるんです。非常にシンプルな方法なんですけれども、建物の表面がレンガみたいにでこぼこになっているとか、そういうものを高速で描画しようとするときに、今のUnityとかUnreal Engineとかに普通に使われている方法なんですけれども。実は私も共著者の一人として2001年に発表したんですよね。
それこそ最初は、これ面白いからSIGGRAPHに出してみようと思ったらば、たぶん書き方も悪かったと思うんですけれども、一瞬でリジェクトされて。ほかの学会も落とされて、最後、比較的こぢんまりとした学会で発表したんだけれども、一応論文のPDFを公開しておいたんですね。そしたらば突然、10年以上たってから引用されはじめて。
たぶん海外の人が見つけたんでしょうね。この技術を再発明された方がいて、色々と調べてみたらば、どうやらこれ、日本の研究者、なぜかCGではなくてVRの研究者がやってたぞと。今は論文だけじゃなく、ウィキペディアとかでもちゃんと引用してもらってるみたいで。それってちょっとうれしいな、渋いなという。
ロボット系の国際会議でも、最近そういう賞があるらしいんですよ。論文を出したときには全然評価されてなかったのが、20年、30年たったらば当たり前になってたものをあえて表彰しましょうという。昔からすごかった論文、ベストペーパーとか取っているものは対象外で、表彰しないわけですね。ロボットという、VRよりは歴史のある分野だから、できることかもしれないですけど。
そういう作品もいいかなと。全部が全部それだと寂しいですけれど。
10年越しの感動体験
奥 でも、早すぎるなんてかっこよすぎるじゃないですか。早すぎるなんて、言われてみたいことの一つ、最高の褒め言葉ですよね。なかなかできないことだと思いますし。
稲見 はい、未来人って言われたいですよね。ビジネスだと駄目ですけどね。タイミングの良さがビジネスでは大切なんで。でも、研究や表現に関しては、早すぎるというのも決して悪くない。
奥 いやいや。それはもう、本当、憧れる、素晴らしい。
稲見 そういう要素もどこかで入るといいですね、自在化コレクション。早すぎる系。ちょっとそこは、アクセル全開みたいなところ、オーディエンス置いてけぼりみたいなところが一瞬あってもいいんじゃないかな。
全体としては「面白かった」になるんですけれども、「あのシーンが訳分かんなかった」「かめばかむほど味が出る」みたいになるといいですよね。
奥 いいですね。自分が高校生だったときに間違えて見ちゃったら、一生それが忘れられない、そんなショーができたら最高ですよね。
稲見 私、今年で50なんですけれども、この年になってうれしい話があって。だいぶ前に日本科学未来館でドラえもん展というのがあって。そのときに光学迷彩を展示してたんですよね、ドラえもんの道具の透明マントということで。
それを小学生の時に見た学生が感動して、今年うちの研究室に来てくれたんですよ。研究者としても教育者としても、すごいうれしいシーンだろうなと客観的に見ながら、主観的にも喜んでいたりしてですね。
今回の公演を見て、将来、奥監督方面に進むのか私方面に進むのか、もしくは両方を兼ね備えるかもしれませんけれども、そういう方向へ行った人が、10年ぐらいたって忘れたころに、ひょっこり現れるとうれしいですよね。「あのとき自在化コレクション、YouTubeで見たんですよ」みたいな。
奥 うんうん、うんうん。舞台とか映画ってそういう魅力があって、「ああ、あのときのあのライブ、いたんだ」みたいなことって、すごい感動するんですよね。
稲見 感動ってユビキタスの逆だよねって話を、昔、ARとかの研究会で議論したことがあって。ユビキタスというか、情報技術って「いつでも・どこでも・誰とでも」じゃないですか。けれども感動って「今だけ・ここだけ・あなただけ」ですよね。
奥 素晴らしい。その通りだと思います。
稲見 私の尊敬するVRの元祖であるアイバン・サザランド博士も、「なぜそんなに素晴らしい研究ができたんですか」という質問に、「しかるべき時にしかるべき場所にいたからだ」と答えているんです。そういう意味では、自在化コレクションが「今だけ・ここだけ・あなただけ」のしかるべき時、しかるべき場所になるといいなと、要望としては思いますね。
奥 ぜひそうなるよう尽力させていただきたいと思います。楽しみで仕方ないです。
「コレクション」に込めた意味
北崎 面白い話、ありがとうございます。今回はコレクションということで、ファッションに興味のある人が参加してくれるのかなと思っています。ただ、ファッションショーって、すごい有名なデザイナーの芸術として、アートとして見るようなものと、東京ガールズコレクションみたいな、ものすごい身近で、そこで着ている服をそのまま着ることもあるレベルのものとあって、我々が目指しているのはどっちなのか、お聞きできればと思います。
稲見 ファッションショー的な、パリコレ的な意味でコレクションと名付けた理由は二つあります。一つは、映画の『プラダを着た悪魔』の中でメリル・ストリープのすごいかっこいいせりふがあって。主人公がブルーのセーターみたいなものを着ているときに、「あなたのセーターはブルーじゃなくて、ターコイズでもなくて、セルリアンという色よ」と言う場面です。
セルリアンという色は、2002年にオスカー・デ・ラ・レンタがその色のドレスを、イヴ・サン・ローランがミリタリー・ジャケットを発表して、それがその後ブームになって、安いカジュアルの服でも販売されて、それをたまたま主人公が着ているんだと。今、当たり前に着ているそのファッションは、実はファッションショーが原点だったと。
これは、すごくアカデミアに近い話じゃないかと思ったんです。その意味で、自在化コレクションも、まず目が肥えている人や同業に近い人は、コンテクストとして感動してもらう。それがさらに、すぐにじゃなくても、じわじわとポピュラーに、文化になっていく。学会がファッションショーだというのは、私はそういう気持ちで言っています。
もう一つが、Netflixで『本番まで、あと7日』という作品があって、その中でシャネルのファッションショーを7日前からいかに作り込んでいくか、そのカウントダウン的なものがすごいかっこよかった記憶があって。今回、ある意味むちゃな自在化コレクションをやると、そのこと自体が研究として面白いかもしれないし、それを記録しておくことにも価値があるかもしれないと思った次第です。
奥監督はいかがでしょう?
奥 北崎先生のおっしゃった、どっちなんだというよりは、きっとその間にあるような、どちらの側面も持っているものかと。一つのイベントの中に、東京ガールズコレクションのように等身大の子たちが出ていて、自分たちも参加している気持ちになる、そういう部分もあれば、パリコレクション、ミラノコレクションのような、これが最先端だよという提示の部分もある。さらに、これらのファッションショーにはない、よりドラマチックな作品も一部見せるという。そういうものが融合した新しい形のファッションショーになればいいなと思っています。
実は、このお話を稲見先生と最初にお話ししたときにぱっと思ったのが、モデルの方々が自由に歩いてくるんじゃなくて、今回は研究の成果や研究者の皆さんがいるところを客席が動きながら見る、皆さんは動かないで客席が動いて見ていくことができたら、新しいコレクションになるんじゃないかと。そんな話をTBSの事業局長にしたら、実はその方がびっくりするぐらい『プラダを着た悪魔』まんまの人で(笑)、「やりましょう」と言ってくれたおかげで、話が進んでいる状況ですね。
北崎 ありがとうございます。私も昔、かわいい顔のロボットみたいな研究をしているときに、それを東京ガールズコレクションに出せないかって探ったことがあるので、今回、自在化コレクションに参加できるのを楽しみにしています。
奥 よろしくお願いします。
稲見 ちなみに、マジシャンのデビッド・カッパーフィールドに、自由の女神を消すマジックがあるんですけれども、客席が動くというのが、そのトリックの一つでもある。その本歌取りとも言えるわけですよね。
奥 はい。舞台で言う暗転、暗い中で回ると、実は自分がどっちを向いているかが意外と分からなくなるんですよね。
ほかにも、過去から未来まである色んな技術、それこそペッパーズ・ゴーストもあれば、劇場も本当に世界に何カ所しかないタイプなので、まさに自在化コレクションをここでやれることの面白さはすごいあるなと思います。その話を「プラダを着た悪魔」に大変面白がっていただいたので、「こんな形で使ったんだ」というふうにできたら、非常にいいなと思っている次第です。
自在化身体セミナー スピーカー情報
ゲスト: 奥秀太郎|《おくしゅうたろう》
映画監督/ 映像作家
ホスト: 稲見 昌彦|《いなみまさひこ》
東京大学先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授