七輪車に乗って 2話
私もおかしくて歓声をあげた。蛸だけ、面白くなさそうにしている。
「じゃあ、きみ、乗ってよ」
ひとしきり笑った後、息が静まるのを待ち、ウグイスは言った。蛸は足を揺らし、もったいをつけた。
「さあてね。どうするかね」
「どうしてこんな子を誘うの。きっといじわるされるよ」
耳打ちする。それが聞こえたのかどうか、蛸が枝から降ってきた。潮風と同じ匂いがする。器用に這うと、自転車の顔の部分に陣取った。車輪を抱え込む。
「お前たちが困るところを、見物する」
ウグイスは私に目くばせすると、ペダルを踏んだ。
「うまくいくところを、見せてやろう」
七輪車は走り出す。風を裂いていくから、破れ目から匂いがこぼれだす。匂いはどれも、私にとって新鮮だ。それなのに、ときどき懐かしい気がして、はっとする。思い出など、ほとんどないのに。一生懸命考えると、取り出せるものがあった。
何かが〝終わる〟ときの匂い。一日が終わる。太陽が不格好に膨らんで、地平線に垂れている。夜の涼しさが、うかがいつつ、滑り込んでくる。昼間の熱が、四方に散って逃げ隠れる。
あの場面に噴く匂いは、胸を騒がす。終わるということの大きさと、次の始まりへの高ぶりだ。じっとしていられない気持ちになる。
たぶん、懐かしさの正体だ。
丘を下り始め、自転車の速度は増した。吹きつける風に、音が混じっている。
「聞こえる」
「聞こえるね」
もの悲しい。今考えていた匂いと、よく似た音だ。近づいてくる。
「短調だ」
「なあに、それ」
「こういう音楽のこと」
「見ろよ」
蛸が腕を挙げた先に、一台のトラックが見えた。こっちに来るので、ウグイスは自転車を止めて待った。
トラックは花柄で、運転席の横からスピーカーがのぞく。音楽はここから流れている。明るい車体に、およそ似つかわしくない。
「やあ」
運転席から、顔がのぞいた。日焼けした顔が光る、男の人だ。青ねず色の帽子を被っている。
「これ、何の車」
「ゴミ収集車さ」
男の人は胸をはった。
「向こうの丘を越えると、町があるだろ。町の人が出すごみを、この車が集めるのさ。またこの道を戻って、こっちの丘を越えた、焼却場に持っていくんだ」
「一人でするの」
「まさか」
白い歯が見える。
「町で、仲間が待っている」
男の人は、あらためて私たちを見た。
小説家ですと言えるようになったら、いただいたサポートで名刺を作りたいです。後は、もっと良いパソコンを買いたいです。