大相撲力士の親として⑤親ばか
次男を相撲部屋に届けて数日のあいだ、我々夫婦はある意味「ロス」を感じていた。
「次いつ会えるだろうか?」
いやそれどころか携帯電話を取り上げられた。
「次いつ声を聴けるだろうか?」
「元気でやっているだろうか?」
こんな私たちの様子を見て、同居する長男が見かねて言った。
「もう21歳やぞ」
たしかに・・・21歳の息子を入門させてこれだけ心配するのも少しおかしいが・・・もし16歳のころに入門させていたらもっと大変だっただろう。
しかし今この時代に、携帯電話なしで生活するのは大変だろうなあ・・・うちの次男も今どきの若者らしくスマホ生活をしていたので、そのスマホを取り上げられたら、困るだろうなあ・・・・・。
改めて自覚した親ばかぶり
そんな心配のなか、入門して数日後、家の電話が鳴った。
「はいっ」妻が出ると、相手は次男だった。
「えっどこから電話しているの?」
どうやら近所のコンビニの公衆電話から掛けているらしかった。
「小銭が少ししかないから・・・とにかく元気でやっているから」といって手短に電話を切った。
私も妻も次男の声を聴いて少し安心
「そうか、公衆電話があったなあ」
ここ数年使うことのなかった懐かしい言葉の響きだった。
「公衆電話使うんやったらテレホンカードがいるなあ・・・」
このあたりが今思っても親ばか、数日後、私たち夫婦は合宿所まで息子を訪ねてテレホンカードを届けに行くことにした。
ところが今どきのコンビニにはテレホンカードなど、匂い程度しかおいていない。
あっても1枚か2枚、置いていないコンビニも結構ある。
店員さんに「テレホンカードほしいんですけど」などというと、
「えっ」という顔をされてしまう。
こうしてコンビニ数店舗で買い集めたテレホンカード10枚ほどを、
数日後の祝日に自宅から小一時間の合宿所まで届けに行った。
まあそれだけ持っていくのは体裁が悪いので、部屋のみなさんへの差し入れも買って、突然お邪魔してしまった。
午後2時ごろで、ちょうど休憩の時間、
例の女将さんが対応してくれた。
差し入れのバナナを渡すと、
「ありがとうございます」お礼を言って奥の部屋まで差し入れを運びながら次男を呼んできてくれた。
「何しに来たん?」という表情で次男は私たちを見た・・・
女将さんが
「時間あるからちょっとお茶でも行ってらっしゃい」と言ってくれた。
次男は渋々私たちの車に乗って、近所の喫茶店まで付き合った。
傷だらけ
よくよく次男を見ると顔は傷だらけだった。
「これテレホンカード」と手渡すと
「ありがとう」といって受け取ったが、それ以上はあまり話そうとしない。
「・・・・・」お互いに言葉が出ない。
コーヒーを飲んで少しほろ苦い時間を過ごして部屋の合宿所に戻った。
女将さんは「早かったね、もっとゆっくりしてきたらいいのに」
とニコニコしながら言ってくれた。
帰りの車中で妻と私は
「女将さん優しかったなあ・・・」
先日の厳しそうなイメージがあったので「ひょっとすると追い返されるかも・・・」という心配をしながらの訪問だった。
後日、次男から聞いた話では、ああやってせっかく親が会いに来た時、女将さんはいつも笑顔で「いってらっしゃい」と言ってくれるが、
そのまま帰ってこない新弟子も中にはいるとのこと。
新弟子が家族と外出するときは、帰ってくるまで女将さんは
気が気でないらしく、いつもソワソワしているらしい・・・