島暮らし 3.5 晩秋
ソムリエは遅れて海から登場する
島ビストロイベント前日。一番の心配はmarucan メンバーが来ないこと。不真面目とか誠意とかでなく、彼らは前日の営業を終えて朝イチでやってくる。つまり夜中に仕事を終え、5時には家を出て羽田を目指すのだ。朝の電車は本数が少ない。ちょっとしたアクセスの不具合で乗り遅れるリスクがある。でも、そんなこと確認するのも野暮と、朝5時に目覚め布団の中で悶々とする。
そうした状況を知ってか知らずか、「おはようございます!」とメッセージが入り安心し空港に車を飛ばす。高速を降りて信号待ちしてると、ソムリエのケンちゃんから、「スミマセン乗り遅れました!」
とりあえずイクちゃんとみーちゃんと買い出しから始めよう。
テレビでよく見るあのシーン
ワインビネガーとか横文字のものは四村のショッパーズで、野菜系はJA越智の直売所で買うことにしていた。「ねぇねぇスーパーでバケット焼いてるよ。」みーちゃん。「普通にヴィネールのワイン並んでるんだけど。」といくちゃん。料理人の2人はショッピングを楽しんでくれている。直売所の野菜売り場で盛り上がり過ぎて時間をオーバーしつつ、その他の野菜を提供してもらう島のトウカゲンさんへと急ぐ。
トウカゲンさんの畑は雑草と野菜が同居している。私にはよく分からないが、雑草もいい具合に育つ必要があるらしく、理想のコンディションになるのに2年かかったとのこと。そんな話を聞きながら、野菜や雑草をちぎって匂い嗅いだり囓ったりしてる2人をみて、テレビでよくみるやつ!とニヤつく私。帰り際にトウカゲンさんがキュウリの粕漬けとお茶を出してくださる。「この粕漬け、猪のハンバーグに使いましょう!」と嗅覚をくすぐる展開。
サザエの殻の処遇について
買い出しに時間がかかった為、ランチは明日の会場となる友浦サイト近くの魚の定食屋さんで。東京から来た2人の料理人を祝福するかの様に、色んな魚が生け簀に泳ぐ。肝パンのカワハギもいただいたところで、ソムリエケンちゃんから「船で向かいます!」という連絡入る。楽しそうやん。
腹ごしらえ終わったら、友浦サイトで仕込みスタート。約40人分の野菜を見ただけでうんざりする私。一方2人はちゃっちゃと仕事を進めていく。友浦サイトのご夫婦も、ご近所さんから届いたルッコラを丁寧に選り分けていく。40代主婦でありながら「ザ・男の手料理」と言われて久しい私としては、お店で出す野菜というのは、こんなに丁寧に処理をされていくのかと驚くばかり。いんげんのさやなんて良く見たこともなかった。
我々が到着する前にサザエを下ゆでして待っててくれたマダムが、「グラタンを入れて焼くんじゃないかしら?」と取っておいてくれた。でもサザエの殻ってどうやってお皿にのせるんだろう?
島の反対側では思わぬ出来事が
ケンちゃん(♂)も来たし、予定通り夫を駆り出して庭で力仕事に取り掛かろうと収集をかけたところ、電話越しにテンパって不機嫌な夫。よりによってこんな日に、人生初のイノシシの捕獲に成功したらしい。同行した息子曰く「こん棒でバキーンと叩いて一瞬気絶したすきにナイフでシャキーンと血を抜いた」んだと。
「何もこんな日に」と心の中で舌打ちをしつつも、夜はBBQだなと思いを馳せつつ、お客さんに出す方のイノシシ肉を受け取りに大三島に車を飛ばす。
鯛の骨でスープを取っている間、marucanメンバーと友浦サイトのご夫妻の会話が深まる。marucanもオーナーご夫妻とお友達がDIYでリノベした小さなお店。そして友浦サイトもご夫妻が純和風な古家を自分たちでコツコツと、作り変えたお店。お互いの空気感が合うってとても大事なんだなと今更ながら気づかされる。その後、イノシシを捌き終えた夫が現れ、庭のライトアップが完成。スープをも一つ煮詰めたところで後は明日ということで一旦お開き。
祭りの朝
目黒シティマラソンに参加するケンちゃんイクちゃんと、血圧とコレステロールが気になる夫は、近くの馬島までランニング。後で聞いたところによると、ケンちゃんは11月の海に飛び込んだらしい。私とみーちゃん、息子は近くの浜に本日使う砂を集めに。いい天気だ!
小さな車の屋根を開けて、友浦サイトへと向かう。
サザエが立った
さて、はじめますか!と言っても私が一番不慣れなもので。今日の作業が頭に入っている皆さんに対し、役に立ってるか立ってないか分からない無駄な動線をくるくると辿っている。
そんな中みーちゃんから「サザエが立ったよ〜」と呼ばれる。昭和のアニメ史に残るあの名言なみに心に呟く「サザエが立った!」。そう、このために砂を集めに行ったのだ。塩の引いた後の少しウェットな砂のコンディションがちょうど良かった。自然の巡り合わせに感謝しながら記念写真を撮る。サザエが立った。
お昼は「みんな忙しいだろうから」とマダムがおにぎりを用意してくれた。塩握りを海苔で巻いて食べる。なんて美味しいんだろう。「海苔が大好きなんです。」というIちゃんに、海苔もお土産に持たせてくれた。
14時。三本酒店さんがワインとグラス100脚とパッションを持って到着。グラスを磨いて並べていくと、テンションも高まる。
「je ne parle pas français(私はフランス語が話せません)」をそれっぽく話すという謎のLessonをしながら、開店に向けて着々と準備が続く。
Oui, monsieur!
17時になり、続々とお客さんがやって来る。ここに来てワインを説明できる人が2人いる有り難さに気づく。ただグラスに注がれるのと、生産者さんや土地についての説明を聞きながら注がれるのとは、飲む人の気持ちは全然違うのではなかろうか。私はワインは好きだけど、飲む専門で、国際品種以外の特徴は語ることもできない。2人がいて良かった。
そうこうしているうちに一皿目の準備が整った。ここで使っている食材、調理法について出す前にレクチャーを受ける。料理について説明をするという当たり前のことを今更ながら教わる。
「お野菜は全部地元のものを使っていて、インゲンとルッコラは友浦産です。」「鯛のセビーチェです。セビーチェは中米地域でいうところのカルパッチョですね。神経〆した鯛をこの庭のライムと友浦のトウカゲンさんの畑のパクチーで和えています。」
地元の人も、遠方から来た人も、島の食材を使うことに喜んでくれる。料理やワインって不思議なもので、どうやってこのテーブルにたどり着いたかという物語が体験を変える。この夜でいうと急な冷え込みを連れてきた島の山風を感じながら、同じ風を受けて育った食材を食べることで、頭の中でちょっとした旅をするのではないだろうか。
計算外だったこと、見通しが甘かったこと、想像以上だったこと
それにしてもこの寒さは計算外だった。2台のストーブ、焚き火、用意していた膝掛け、では追いつかないほどの寒さ。朝は(一部の人は)泳げるほどの天気だったのに。それでも、焚き火台の側に集まって飲んでる人や、中から抜け出して寒空の下で写真を撮っている人をみると、”島にあかりを灯す”というコンセプトは正しかったと確信する。
それにしても...やはり40人のゲストは多過ぎた。料理の準備に追われ過ぎて、料理人の2人を紹介する間もなかった。島のパン屋のPaysanさんに、このパンはケンちゃんが焼いたと伝えられなかった。大島でゲストハウスをしているご夫妻と、大三島でゲストハウスしているご夫妻とを紹介したかった。今治の喫茶レストランSuerteさんと三本酒店さんをつないで、キッチンnのお二人と友浦サイトのマダムに...諸々できなかった。
嬉しい想定外は、息子がこのイベントを楽しんでたこと。Suerteさんの2歳前のお子さんと庭を駆け回り、ご夫妻には得意気にmarucanのみーちゃんを紹介していた。息子、おっさんになったら行きつけの店に後輩連れてくタイプ。サザエのグラタンが気に入ったようで「何が入ってるん?」と店の中まで追いかけて聞いてくる。
いろいろと(私が)至らないことがあったものの、料理の途中にも帰り際にも「声かけてくれてありがとう。」「こんなお料理はじめて。」「次もぜひ呼んで。」と口々に言葉をかけていただいた。お料理には自信があって「美味しいので」と言いながら出していたけど、改めて声に出してもらえると本当に嬉しい。
一夜限りのビストロは幕を閉じ
洗い物、掃除、後片付けが苦手な私にとって憂鬱なはずの後片付けも、プロとやるとこんなに楽しいものかと。みーちゃんといくちゃんは料理をしながら、後片付けも進めていて、ほぼ完璧に店のキッチンを元通りにしている。
料理を食べることもなく動きっぱなしだった三本さんに味見用のサザエのグラタンを届けると「今日は楽しかった。こんな楽なイベントないきね〜。ありがとう。」と言ってもらえた。朝から動きっぱなしのマダムは、最後まで付き合ってくれて車を見送ってくれた。
すごくサラリーマン的なつまらない言い方だけど「モチベーションの高い人と働くのは楽しい」多分そういうことなんだと思う。
後日、ランチをしようと友浦サイトに出かけた。ちょうど車を停めたところでマダムからメッセージが入る。「ライムを収穫したけど取りに来ませんか?」来ましたよ、マダム!