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語源遊び⑤:ペテロの意志、石の如し

欧米の人は日本人には名前の意味を聞いてくる割に、彼らの名前の意味を聞くと、「特に意味はない」とか、「単に聖人の名前だよ」という返事が返ってくることが多い。

確かに、日本人、中国人、朝鮮人、ベトナム人(彼らの中には自分たちの名前が感じで表記できることを知らない者もいるが)など漢字圏の人々の姓名と比べると、ひと目で意味がわかる性質のものではないかもしれない。しかし語源を考えれば必ず何らかの意味がある。

ピーターの場合

例えば、欧米の名前の中でも最も一般的な「ピーター」系統の名前はどうだろうか。

英語ではPeter
ドイツ語Peter
フランス語Pierre
イタリア語Pietro
ハンガリー語Péter
フィンランド語Pietari
ラテン語Petrus
等等…

英語圏で「ピーター」と呼ばれるこの聖人はキリスト教の使徒の中でも重要な人物で、初代ローマ教皇とされる人物である。
彼はもともとSimonまたはSimeonという名(ちなみに古典ヘブライ語の「傾聴」に由来)のユダヤ人漁師であったが、イエスによりCephasという名を与えられた。これはアラム語で「石」を表すKepaという言葉に由来する。その後、彼の名は古典ギリシャ語に翻訳された際に同じく「石」を意味するpetrosと意訳された。それがヨーロッパ各地で独自の発音と綴りを獲得し、上に羅列したような変種を生じたわけである。

Petros(石そのものはpétra)に由来する他の言葉で身近なのはpetroleum「石油」であろう。
これはラテン語のpetra「石」+oleum「油」で、文字通り石油となる。

石油という日本語の言葉は、北宋の沈括という学者が11世紀末に著した『夢渓筆談』という科学技術を主に扱った随筆集に見られるものを借用したと考えられる。


フィリップの場合

もう一人だけ欧米、特にヨーロッパで一般的な名前であるフィリップを例にとって語源を探ってみよう。

英語ではPhilip
ドイツ語Philipp
フランス語Philippe
イタリア語Filippo
スペイン語Felipe
ハンガリー語Fülöp
フィンランド語Vilppu
古代ギリシャ語Philippos
等…

まだまだ対照表は続くがこの程度にとどめておこう。

古代ギリシャ語の名前を見ると、この名前の語源はかなり明白である。
Phílosは「親愛な」「愛する、愛された」であり、hipposは「馬」である。
つまり、Philipposひいてはフィリップという名前は、「馬好き」という意味なのである。

Phílosという言葉が関わる身近な言葉はPhilosophy「哲学」であろう。
sophía「知識、智慧」を「愛する」ことが哲学なのである。

Hipposを含む最も身近な言葉はHippopotamusか。
「カバ」という意味だが、potamusの部分は「川」を表すpotamosに由来する。つまり「河馬」となり、これが日本語の「カバ」の語源である。
ちなみに英語では語源が忘れ去られた結果、長ったらしいhippopotamusの代わりにカバのことをHippo(s)ともいうが、古典ギリシャ語の由来を考えるとこれでは「馬」という意味になってしまう。

フィリピンという国がある。英語ではPhilippinesというが、スペイン語のFilipinasに由来する。
大航海時代にスペインの探検家が現在のフィリピンの一部に至り、当時の皇太子フェリペ二世にちなんでlas islas Filipinas「フェリペの島々」と名付けたのが始まりである。
その後スペイン皇帝に即位したフェリペ二世はフィリピンを含む広大な地域を征服し、スペイン帝国は「日の沈まない帝国」と称される最盛期を迎えた。

Felipeが「馬好き」という名前であることに立ち返ると、フィリピンは「馬好きの国」というような意味になる。
フィリピンにはスペインの襲来まで馬がいなかったことを考えると皮肉が利いている。

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以上のように、実はヨーロッパの名前にも様々な語源がある。
読者諸兄におかれては、欧米人に名前の意味を聞かれたら必ず彼らの名前の意味も聞き返し、「ヨーロッパの名前は意味ないんだよね〜」などとすっとぼけた答えが返ってきたらすかさず「果たしてそうだろうか?語源までさかのぼって調べたことはあるのか?」と問い質してほしい。おそらく嫌われるが、それが我々「知を愛する者」フィロソファーとしての真っ当な態度なのだ!おそらく嫌われるが!

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