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【自己紹介】経営戦略コンサルタントが地元に帰ることに至るまでの話

田舎暮らしをする経営戦略コンサルタントのちょーすです。

今回は私が地元に戻ることに至った経緯を振り返りながら、経営戦略コンサルタントとして得られた学びとキャリアの悩み、および新ステージでチャレンジするに至った理由についてを綴ります。

長文になりますが、移住を選択する以前の私と同じ様に、キャリア選択に悩んでいる若手~中堅コンサルタントの思考の一助となれば嬉しいです。

略歴

山口で生まれ、中学から高校までを佐賀、大学を茨城、大学院を東京(ほぼ神奈川)で過ごしました。

大学・大学院では機械工学を専攻しており、修士論文では宇宙工学についての論文を執筆しましたが、とある研修プログラムでアメリカ・シリコンバレーを訪れたことがきっかけで、これまでとは全く毛色が異なる経営戦略コンサルティングファームに就職しました。

経営戦略コンサルティングファームでは、グランドデザインや中期経営戦略・計画の策定、経営改善(収益改善・費用削減)を行ってきました。

現在は、田舎で暮らしながら、引き続き経営戦略コンサルタントをしながら、実家の家業の役員をしています。

なぜ新卒で経営戦略コンサルティングファームを選んだのか

先程、経営戦略コンサルティングファームを選んだきっかけとして、シリコンバレーでの研修と書きましたが、その前にちょっと寄り道をします。

大学で茨城に住んでいましたが、その時に2011年の東日本大震災に遭いました。当時、大学が春休みに入ったばかりで、数日後には羽田空港から飛行機で実家に帰ろうとしていた時でした。

ほんの一瞬の自然の力で人間がこれまで積み上げてきた暮らしが音を立てて崩れていくことを目の当たりにしました。

同時に自分の身は自分で守るということを強く感じましたし、「自分の市場価値とは」「自分の市場価値を高めるには」ということを自問し始めたのもこの時期からだったと思います。

その後、大学院へ進学するタイミングで、アントレプレナーシップを学ぶという佐賀県海外使節団という研修プログラムでシリコンバレーに行けることになりました。佐賀のプログラムでしたが、私が佐賀の高校に行っていたこともあり、参加できました。

シリコンバレーではグーグルの方やベンチャーキャピタルの方、ベンチャー企業の方、スタンフォード大学に留学で来ていた日本の国家公務員の方や会社員の方等、様々な方々とお会いする中で、日本から留学で来ていた経営戦略コンサルタントの方とお話しする機会がありました。

当時の私は経営戦略コンサルタントという職業を知らず、大学の周りの友人達と同じ様にメーカーにエンジニアか研究者として就職し、その会社で人生の大半を過ごすものだと思っていました。

しかし、その方とお会いして、「経営戦略コンサルタント」という仕事があるということを知り、その仕事が裁量が広く、とてもやりがいがありそうで、何よりもその方自身も私がこれまで日本で見ていたサラリーマンと比べると、とてもキラキラしていて、私の目には非常に魅力的に映りました。

余談ですが、私の実家は小さいながらも複数の会社を経営しており、将来的には私が跡継ぎになるのかなと頭の片隅では思っていましたが、具体的なイメージを持てずにいました。ただ、私が経営戦略コンサルタントをしていれば、直接経営に携わらなくとも、親や兄弟が経営しているのをサポート出来るのではとも考えたりもしていました。

ただ一方で、新卒で経営戦略コンサルティングファームに入ってしまうと、その領域でしか勝負できないのではないかと不安に感じていました。一旦、エンジニアとしてメーカーに入って、その後、転職して経営戦略コンサルタントになってもキャリアとしては良いのではと考えてもいました。

しかし、日本に戻り、メーカーのインターンシップに参加したり、大学のOBの方に話を聞けば聞くほど、私の中で相対的に経営戦略コンサルタントのキラキラが輝きを増していきました。

ただ、やはり心のどこかで「エンジニア」という仕事を捨て切れられませんでした。小さな頃から、ものづくりに憧れて、工学部に入ったのに、エンジニアを経験せずに、別のキャリアを選ぶことの葛藤はもちろんありました。

そんなときに大学OBの方が社会人講座か何かで講義をされるのを聞く機会があり、そこでシンクタンクでコンサルタントをされ、シンクタンクとして独立されたユニバーサルエネルギー研究所の金田さんとお会いしました。

講義では大学や大学院で学んだ工学を生かして実経済に役立てているコンサルティングの話等、非常に興味深いお話をされ、感激しました。あまりに感激し過ぎて、その勢いのまま、レジュメに記載されていたメールアドレスに連絡すると、「良かったらうちでアルバイトとして働いてみないか」との大変有難いお誘いを頂きました。そこでの仕事は終電がなくなる時間まで報告書を作成する日もある等、大変ハードでしたが、それ以上にコンサルティングの仕事を実体験でき、面白く仕事をしていた気がします。全くの余談ですが、終電を逃した際には、その方にホテルを取って頂いたのですが、それが建て替え前のホテルニューオータニで、私にとって初めての高級ホテルでした。

そのような経緯もあり、結果的に私は新卒だからこそ、自分が1番成長出来そうで、面白い仕事が沢山ありそうな経営戦略コンサルティングファームに行こうと決めました。

経営戦略コンサルティングファームに入ってみて

門外漢の私が経営戦略コンサルティングファームに入って、良かったことは、入社前に期待していた以上に自身の成長実感を感じました。

また、同期や先輩社員も、刺激し合える人が多く、ここで出会った仲間たちは最高でした。

一方で、とにかく入社して数年は、吸収できるものは何でも吸収しようと思っていましたので、インプットとアウトプットにかなり時間を掛けました。結果的に睡眠時間が1週間で数時間という時期もありました。

なぜ地元に戻ることを選んだのか

入社したばかりの頃はそれで良かったですが、数年が経つとある程度仕事の流れも分かり、役職も上がり、次のステップはどこだろうかと探し始めていました。自身の市場価値を高めるために、経営戦略コンサルティングファームに入ったのですが、それがこの組織の中で上がっていくことなのか、自己実現のためにやりたいことをやるのかということを考え始めました。

ちょうどその時期くらいから、親しい先輩や同期で、外の世界へチャレンジする人も出てき始めました。

一方で、プライベートでは結婚・子供の誕生を機に、生活の軸が自分主体から家族主体へと大きく変わりました。子供の生活リズムは経営戦略コンサルタントの生活リズムとは全く合わず、かなり苦しい時期がありました。その時にこれまで以上に具体的に転職という選択肢が鮮明に見えてきました。

ただ、自分がやっていきたい領域で転職をするとなると、家族主体にシフトして来た生活の軸を一旦、自分主体に戻さなければならないと考え、そのことで躊躇していました。

私がそのような状況にある中で、親しくしていた三本さんという先輩が独立・起業する道を見せてくれました。その方は山口県ではないですが、私と同じ様に田舎出身で、「持続可能な地域社会を創造する」ことを本気でやっていきたいということで、リバイタライズジャパンという会社を設立しました。

この先輩が自ら拓いた道を見ている中で、私も地元でやりたいことをやってやろうと考えるようになりました。

タイミングを同じくして、父から地元に帰ってきて家業を継いで欲しいとの話があり、家族に相談して、地元である山口に戻る決意をしました。

勤めていたコンサルティングファームには、地元に帰るので退職しますということで、話を進めていましたが、会社側の理解もあり、地元に戻ったままで良いのでそのまま働いてくれないかと大変有難い申出を頂き、コンサルティングファームでの勤務は継続することにしました。

地元に戻ってみて

経営戦略コンサルタントの仕事と家業、そして家庭と、平日・休日を問わず、忙しくしていますが、田舎ならではの趣味の広がりもあり、充実した日々を過ごしています。

車がないと生活が出来なかったり、ご近所付き合いや町内会等、田舎ならではの苦労もありますが、都会に比べて物価も安く、食べ物も新鮮で美味しく、子育て環境と言う面では近くにある自然が豊かで、非常に満足しています。

まだ出来ていませんが、休日に子供と自宅の庭で水浴びをしたり、友人と釣りや猟に行ったり、家族と近くの公園でキャンプしたりと、やろうと思っていることは無限に広がっています。

現在、狩猟免許の取得を目指していますが、これは東京や大阪等の都市圏にいると取る事もなかっただろうと思います。実際に、子育てをしている賃貸マンションでは猟銃を保管できる場所はほぼないと言って等しいですし、所持許可には近所の方への聞き取りもあり、ほぼ付き合いがなかったので、許可も下りなかったかもしれません。

これから

まだ田舎に帰ってきたばかりなので、まずは生活を落ち着かせることが最優先ですが、これからより良い暮らしを求めて、探求していこうと思います。

また、今の働き方が正解だとか、ゴールだとは思っていないので、より良い働き方を追求していければと思います。ただ、経営戦略コンサルタントというのは、そもそも拘束されることが嫌いで、裁量の大きさを求めるところがあるので、行き着くところは同業か経営者か旅人になるかと思っています。

最後に

とある元経営戦略コンサルタントの方が書かれた「転職してベンチャー企業を選んだ理由」のブログに触発され、思い立ったが吉日ということで、私もこの記事を書いてみようと思ったのですが、その方とは比較できないほど、スマートにまとまってなないですね。

ある意味、田舎へ移るということは、経営戦略コンサルタントというキャリアのなかでは、王道の道から逸れることになるのかもしれませんが、自身の人生について真剣に考えた上での結論であれば、私は最高の選択肢だと思います。

今、このような状況下なので、なかなか一歩を踏み出す勇気を持ちづらいということも勿論わかりますが、逆に今こういう状況下だからこそ、自分のやりたいようにやってみるべきだと思います。自分のやりたいようにやった上での失敗であれば、おそらく後悔はないでしょうし、やらなかったときの後悔の方が大きいと思います。

田舎はコンサルタントどころか、若い人が少ないので、何をするにしても重宝されますし、年齢は関係なく、周りで面白がって一緒に動いてくれる人もいます。

私は私で、この環境でやりたい道を突き進んでいければと思います。

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