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『白紙と耳栓』1.時間 -1.連続性 - 1.例えばニーチェの"自己保存の欲動"スピノザへのEXCUSE
『白紙と耳栓』1.時間 -1.連続性 - 1.例えばニーチェの"自己保存の欲動"スピノザへのEXCUSE
1.時間
-1.連続性
連続性について、おそらく僕はそれについて話すことに今(2021/06/08 6:46(AM) with ワイン)関心があります。
これからいっぱいいっぱい連続性について書き続けなければいけない。
僕は少なくとも2050まで(Inahouse)、あるいは友達の中には少し僕より若い人もいるので2060くらいまで。あるいは友達の中には子供が生まれたやつもいるので2100まで、あるいは...ex)*... 僕は、僕たちは、あなたは、あなたたちは、いっぱいいっぱい考えなければいけない。まだカテイ(仮定-過程)だけど、続けなきゃいけない。
まぁどうせ一生かけてお酒を飲んで話し合い続けることなので焦って結論を出す必要性は全くない。
ないのだけど、少しずつ積み上げるために”連続性”についてのコラムは”『白紙と耳栓』1.時間 -1.連続性 -(1,2,3….x)”として2050年まで置き続ける。気楽にやる。タダシ絶対に続ける。
今ここは1-1-1。
1.時間
-1.連続性
- 1.例えばニーチェの"自己保存の欲動"スピノザへのEXCUSE
Early Morning Wine Excuse (以降EMWE)
"1.時間"で"時間=空間の連続性"*と定義したわけです。この辺をグングングングン一緒に考え続ける。それがここでいう友達です(僕は2050くらいまでって決めた)。
これからさんざん考え続けるであろう"連続性"の議論について何から始めようか。もちろんあなたたちが今起きていたら、何か白紙のところから一緒に設定することができるかもしれない。でも残念ながら朝7:30分からワインを飲む馬鹿はいなくなってしまった。
僕にとって大事な哲学者はニーチェとスピノザしかいないので、『善悪の彼岸』で一番最初に"スピノザ"が出てくるところをパラめくりして探そう。
ニーチェ『善悪の彼岸』光文社訳
1.-13 自己保存の欲動
生理学者たちは、自己保存の欲動を有機体の枢要な欲動と考えているが、この理論は考え直すべき時期が来ている。何よりも生きているものはすべて、自分の力を放出しようとするものである。生そのものが力への意志なのだ――。自己保存はそこから間接的に、最も頻繁にうまれる帰結にすぎない。――というのは、よくあることだが、余計な目的論的な原則には用心しなければならないのだ!――自己保存の欲動もそうした原則の一つだ(スピノザの哲学はこれについては一貫性を欠いていたのだ――)。ある方法を採用するということは、[利用する]原理を節約することを本質とするものであり、そのためにも[余計な原則を加えないことが]必要なのだ。
生そのものが力への意志なのだ――。
ニーチェ曰く、"自己保存の欲動"を考えてみるに"自己保存"自体はついでであって、"生そのもの"について考えろと。(ツッコミ待ち; 以降TSM)
さっきまで僕ら(僕)が言っていた"連続性"をニーチェの"自己保存の欲動"と一回パラフレーズしてみます、そこから分岐する"生そのもの"と"自己保存"に分けてみてくれました。"生そのもの"が大事で、"自己保存"それ自体はクソだってことですね。(EMWE& TSM)
さぁここから、あり得る分岐として整理します。太字がnext
1.時間
-1.連続性
- 1.例えばニーチェの"自己保存の欲動"スピノザへのEXCUSE
-1.生そのものについて
-2.buraburabura
-2.記憶や移動(ベルクソンの純粋な本来の時間)
2.空間(仮)
-1.buraburabura....
X.ニーチェのExcuse
-1.buraburabura
↑みたいな
そろそろ朝なので、待ってみよう!
"1.時間"で"時間=空間の連続性"* : (TSM; 今のところ書き始めからスムーズに3時間なのでツッコミ無し;早く起きろ。もう7:30)