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10年前に終わったネットTRPGでの恋の話


#忘れられない恋物語

およそ10年前、私はネット上のTRPGゲームに熱中していた。
TRPGとは、テーブルトークRPGの略であり、話し合いなどを通じてプレイヤーが物語を作っていくようなものである。
その体型をネット上で、個人ではなく会社が運営し、結構な人数の絵師さんやライターさんが参加していたとある作品。
会社としては二作品目にあたるそれに傾倒していた。

実は一作品目のファンタジー物からも細々と活動を続けていたのだが、世界観にのめり込んだ、また、恋をしたのは二作品目の学園物だった。

私は、ゲーム内で留学生高校女子と中学生男子の2キャラ使いでスタートした。
そして、リアルとは真逆の人物を目指した結果、男子に至ってはピアスジャラジャラ、タトゥー好きなパリピが誕生した。
わりと厳しい家庭だったため、ゲームの中でくらいはっちゃけたかった。
今回の恋は、この男子キャラの方である。
そう。
恋とは、現実のことではなく、なりきりキャラによる、仮想の恋であった。

このゲームでは、タイミングが合えば自分の気に入る絵師さんに自キャラの絵を描いてもらい、以後はそれが『顔』となる。
第一印象となるその人物画が出来てからが、本格的なゲームスタートといっても過言ではない。
私も大好きな絵師さんが受付を開始したと同時に、推敲に推敲を重ねた依頼文という名のラブレターを送った。
結果、見事に当選。
期日通りに納品していただいたその自キャラは、髪の毛一本一本までもが理想の具現化だった。
その後、色々な絵師さんに依頼していき、アイコンやSDなども増えた。
けれど、やはり最初の一枚は今でも一番思い出深い、大切なものだ。
未だに現役でイラスト業をされている絵師様に、今も感謝が絶えない。

『顔』が完成する前後で、とあるコミュニティーに入った。
パリピな皆様が集うその場所は、刺激的で、自由で、けれどマナーはばっちりで過ごしやすく、とても楽しかった。

そこへ、NPCである彼女が期間限定で入ってきた。
ギャル。紛うことなき、ギャル。
優しくて、冗談も言うしパリピオーラ全開なのに、真面目な一面もあるギャル。
最高に可愛いく、かっこいい彼女に、中の人である私はすぐ虜となった。
しかし、中の人がファンになったとて、自分のキャラには関係ない。
最初にキャラとして付けた感情は、『先輩』と『憧れ』だった。

自キャラは中学生男子だったので、日々身長が伸びていった。
自分で数値をいじるのでなく、システムが自動的に成長させていってくれたので、どこまで伸びるか未確定だったが、そこがまた楽しみの一つとなり、ネタにもなった。
男の子だもの。高身長は目指したい。

イベントや日常会話を通じて交流を深めていったある日、ふと彼女から向けられた言葉に、自キャラは心打たれた。

『180cm以上じゃないと私に釣り合わない。ていうかなれ、なってみせろ。』

頬を赤らめてむすっとしたような表情のアイコンは、他の誰でもなく、自分のキャラである中学生男子にだけ向けられていた。
彼が、年上の彼女に恋をした瞬間だった。
いつもなら『えー無茶っすよ!』とくらい返すようなキャラが、『あ、なんかやる気出た。なってみせるっすよ。』と発言していた。

オフ会の類に一切参加していなかったため、彼女の中の人たるGMが当時どんな心境でその発言に至ったか知る機会はなく、今もわからない。
けれども、確かに彼はこの一言で彼として明確に自我を持ち、以後のキャラが確立した。
具体的には、ことあるごとに煮干しを食べる描写が増えた。カルシウムを摂り、高身長を狙った。

進級したり、大戦に参加したり、誕生日を祝ったり、祝ってもらえたり、掛け持ちで入っていたコミュニティーのトップになって文化祭で企画をやったりと、日々は楽しく過ぎていった。
身長も着々と伸びていったが、彼と彼女はある一定のライン以上、『顔見知り以上、恋人未満な先輩後輩』は超えなかった。
彼女はNPC。
誰か特定の、利用者たるゲームユーザーのキャラと恋人になることは、システム上皆無だった。
親友にはなれても、恋人にはなれない。
個人贔屓になってしまうので当然であるし、それを前提として悲恋やドタバタコメディーを楽しくやりとりすることも、ゲームを楽しむ要素の一つになった。
そこかしこでNPCと個人キャラとが交流を過ごしており、彼と彼女もずっとそうだった。
感情は、『すごい』や『好き』に固定されていたけれど、彼女からの感情は『気になる存在』のみだった。ただ、唯一、彼にしか向けられていなかったけれど。

そして、いよいよゲームも正式にサービス終了が決定となった。
その少し前に、彼女も彼女のGMも活動が止まってしまっていた。
多忙だったのか、療養だったのか、分からない。
至極残念だったが、仕方がない。
最後に、キャラの数年後をたくさんのGM達が書いてくれるシナリオが募集された。
彼女のGMの名前は、やはりなかった。
でも、最後にやはりどなたかに自キャラの物語を書いて欲しい、と、彼女と仲が良いとされている他の女子キャラのGMのシナリオへ参加した。
以前にもシナリオでお世話になっていたため、参加しやすかったこともある。

書いてもらいたいものを、数年毎、3回に分けてプロットのように書いていった。
20歳の時、24歳の時、28歳の時。
まずは好きなアクセサリー作りを生業にし、少しずつ起動に乗って知り合いの婚約指輪を作り、最後にその2人の結婚式に参加する。
大企業の社長や芸能人のように華やかなものでなくとも、好きなことでご飯が食べられる。
周囲の人々にも恵まれている。
ただ、そこに彼女がいないだけ。寂しいけれど、いつか逢えたら、『先輩以上の人には逢えていない』、そう伝えられるような。
そんな人生を、柔らかな文体で書いてもらえたらと何度も推敲を繰り返して、ようやく提出した。

数日後、完成したシナリオが公開された。
他の参加者のシナリオの合間に見つけた、20歳の時の様子。
専門学校を卒業し、社会人がスタートしていた。
いつも通りの朝、『これが似合うインテリイケメンになるように』と、以前彼女に貰った伊達メガネをかけて。
眼鏡のくだりを要望の中に入れていて良かったと、口元が緩んだ。

そして、次に24歳の時。
全国チェーンしているアクセリーショップの店長に昇格していた。仕事も起動に乗り、知り合いの指輪を作るくだりが丁寧に描写されていた。
そんな中、自分の店にそのGMのNPCである女子キャラの方が遊びに来てくれる。
ほのぼのとした日常。
と、ここまでは自分がお願いしたおおまかな流れだった。



終盤に、彼女の所在を聞いた。

待ってそんなの想定していない。

『彼女なら、ずっとイタリアにいるよ』

まさかの国外だった。



待て待て待て、外資系で働いているとか、カッコイイ。流石先輩。いや、そもそもこちらの一方的な回想しか想定していなかったのですが?え、夢かこれは。


とても動揺し、何度も文章を見返した。
まさか、このシナリオで彼女のその後の一端を知ることができるのか。
活動が休止され、もう随分と時間が経っているのに。他のGMさんなのに。
どうなるの、どうなるの。
深呼吸して、28歳の時の様子へとスクロールした。

婚約指輪を作った2人の結婚式。
式場となる会場で、道に迷う。
誰かに聞いてみようと、少し先にいた人へ声をかける。

振り向いたのは、10年あまり逢えていなった彼女だった。
カッコイイ歳の取り方をしていて、大好きな笑顔も変わっていなくて。
イタリアから帰ってきたの?いつまでいるの?
何を言えばいいのか、口を開く前に懐かしい声が耳に届く。

『ねえ』
『左手薬指、空けて待ってるんだけど』

逢えたらいいな、が現実となった。
ずっと好きで好きでいた人からの、最高の言葉が彼に届けられた。

彼女の名前を呼んで、シーンは終わった。




サービス終了だからこそ、最後の最後でとびきりのシナリオを作っていただいたGM様には本当に感謝している。
28歳の時、ゲーム内では2021年の出来事だ。
あれから2年経ち、彼と彼女は結婚してイタリアにいるかもしれない。彼女に惚れ込んでいる彼なので、きっとなんやかんや就労ビザを取得して、なんやかんやイタリアに馴染んでいるだろう。
彼女が彼女らしく、幸せでいてくれるように。
180cmになり、彼女に釣り合う男になった彼も幸せでありますように。

これが、私が今もずっと忘れられない恋物語である。


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