君はムーピー
2月8日に夫は一人で、以前お世話になっていた心療内科に行き、薬をもらってきた。その後、薬を飲みながら仕事にはいっていたが、ついに13日の木曜日、布団から出られなくなった。会社へは、私のほうでその旨を伝え、とりあえず連休明けまで11日間の休みをもらい、その後、今もお休みは延長してもらっている。診断書には、適応障害、鬱と書かれた。とりあえず3月末まで仕事は休むようにと。
夫は一日一日様子が違う。軽くなったり、重くなったり。そして、よくねむるねむるねむる。どんどんどんどんどんどんねてくれ!と思う。欲するままに、どこまでもねてください。
自分でも、驚くほど、そんな夫に愛しさが募る。ただただ生きてる夫が愛しい。そんな日々で、本当はnoteに書きたいこともあったはずなのに、ほうけてしまった私の頭には書くべき言葉が浮かばない。見つめるのが怖すぎて、未来も現状もまるで問題などないかのように、感じてしまっている。
子どもが図書館から手塚治虫『火の鳥』を借りているので、退屈な我々は読む。巻数はバラバラに、その時おいて在るのを借りてくるので、今借りてあるのは未来編。人工頭脳に頼り切った未来の行く末が書かれているのだが、これが今読むと余計に恐ろしい。で、そんな中、宇宙生物のムーピーというひたすらに主人公を甘やかしつくす存在が出てくる。夫が、「君はムーピーだ」という。私もそう思う。夫に対してムーピー的にふるまってしまう。これが、間違っているのか、正しいのか、よいことなのか、悪いことなのか、判断すべきことなのかさえわからぬまま、ただこうなってしまっている。
一年後、このムーピー的日々を笑って思い返したいと、切に願います。