1円玉を拾わないとは、どういうことか〜写真を撮るというのは、1円玉を拾うような感覚かもしれない〜
こんにちは!!稲木拓也と申します。
私は現在25歳で、写真家として、東京の街で人物撮影しています!!
今回は「1円玉を拾わないとは、どういうことか」というテーマでお話しさせていただきます。
みなさん、道端にお金が落ちていたら、拾いますか?
拾う人、拾わない人、お札なら拾う人、など。
1万円が落ちていたら、誰でも拾うかと笑
では、1円玉が落ちていたら拾いますか?
論理的に考えてみます・・・
たとえば、時給1200円で働いているとします。
で、1円玉拾うのに、10秒間使うとしたら・・・
「その行為に、約3円の価値がある」ということに。
つまり、「3円の価値を使って、1円を拾っている」のです。
だから、拾わない方が良いわけです。
専門用語でいうと、「機会損失だからやらない」ということですね。
機会損失とは、「最大の利益を得る決定をしなかったため、得られなかった損失」のこといいます。
ここの例でいうと、1円玉を拾うことで、2円損失しています。
「1円玉を拾うことは、機会損失だ」と言えます。
別に「1円玉を拾うことは、機会損失なのでやめましょう」と伝えたいのではありません。
ここで考えたいことは、「1円玉を拾わないとは、どういうことか」です。
そもそも「機会損失になるから、1円玉を拾うのはやめる」と考える人は、ほとんどいません。
実際は、「何も考えず、1円玉をスルーしている」わけです。
なぜなら「1円玉にはそんなに価値がない」という価値基準があるから。
これって、お金だと、わかりやすいですよね。
では、お金以外ではどうでしょうか?
たとえば、人間関係。
「あ〜ゆ〜感じの人と関わっても意味ないよね」とスルーしてしまったことありませんか?
私たちは、価値がないものを、スルーしてしまいます。
正確にいうと「価値がないと思い込んでいるから、反応できてない」のです。
実は、ここに機会損失が隠れているのです!!
「反応できてないことが、最大の機会損失である」
だから、「実際にやってみて、結果的に損した」よりも「反応できていない」の方が、チャンスを逃しているのです。
こう考えると、「1円玉を拾わないとは、どういうことか」がわかります。
それは、「自分の価値観を基準にして、反応している」ということです。
実は、これ、写真と密接に関係しています。
写真を撮っていると「目に入っていても、反応しないこと」ってよくあります。
「どうせ、これを撮っても、意味ないだろうな〜」と思い、シャッターを押さないのです。
これって、機会損失ですよね!!
自分の価値基準でスルーしちゃっている。
もしかしたら、傑作が撮れていたのかもしれないのに。
だから、写真を撮るというのは、1円玉を拾うような感覚なのかもしれません。
これ撮っても意味ないかもと思いつつ、シャッター押していく
でも、1円玉が積み重なって、1億円になるように、写真が積み重なって、傑作が生まれてくるのです。
そのためには「自分の価値基準にして、反応していてはいけない」と感じています。
「とにかく撮ろう」ということでしょうかね笑
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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