〇〇住宅のT・I氏~第六話
その日の夜、妻と晩酌をしていた。
確かにあの電話は怪しいわよね~。絶対上司に内緒で動いてる感じだと思うわよ、私も。
だよな。上司に話せばすぐに解決する話じゃんか?
例えばさ、他の物件を紹介していく流れで、ひとまず仲介手数料を預かったままでおくっていう提案ならわかるぜ。最終的に決まった物件で手数料を差し引き計算すればいいわけだし、自社で紹介をキープできるわけだからさ。
それもなく、ただ返金しない方向でって言われてもな。
でも明日上司に確認するって言ったんでしょ?じゃあ明日連絡あるわよ、絶対に。
みなさんならどう思うだろうか?
人の考えに”正しい”などは存在しない。
人の数だけ世界があり、考え方があるわけで。
T・I氏的には、返金せずに済むことを考えたのだろう。そしてそれが通るとも。
しかしおそらくだが、他の人に相談すればするほど、彼の考え方が少数派だと気付けるはずだ。
そしてそのことは、社会を生きて行くにはとても大切な感覚だと思う。
T・I氏はこれから社会を学んでいくのだ。いろんな”失敗”と思える出来事を体験しながら…。
翌日12月21日。
今日は代表…が来ているはずだ。
僕が彼なら、朝一に報告をし、午前中のうちにお客様へ連絡をするだろう。
しかしこの日にT・I氏から電話が入ることはなかった。
12月22日火曜日。
だとしたら2日後の本日午前中、連絡が入るはずだと僕は思う。
しかし順調に午後を迎え、時刻は17時過ぎ。
水曜日である明日、〇〇住宅は定休日となる。
営業時間は9:30~17:30。コロナ禍での短縮営業のようだ。
T・I氏はこのまま連絡をせずに休日を迎えようとしているのであろうか?
僕ならそんな落ち着けない休日なんてゴメンだ。
週末までにケリがつけれる案件は解決しておくのが、デキるビジネスパーソンではあるまいか。
しびれを切らし、〇〇住宅へ電話をかけた。
彼が勝手をしないようにあえて携帯ではなく、直接会社へかけたのだ。
受付の女性にT・I氏を繋いでもらう。
元気に電話にでるT・I氏がそこにいた。
T・Iさん、先日の件は上の方に話していただけましたか?
僕がそう伝えたあと、彼はテンパリ始める。
あっ、その、上司とは常に打ち合わせしてまして、大家さんもあることですし、こちらとしましては…
明らかにぶっ壊れ始めている。声のボリュームも、つまみを回し過ぎだ。
僕は彼の方向性のない話を中断させて仕切ることにした。
T・I君!!落ち着いて。
いい?まず大家さんにはちゃんと話は伝えてあるんだよね?
はい。大家さんはキャンセルを承諾してくれました。
OK。では仲介手数料の件で、上の方からの承認がまだってことなのかな?
しばらく沈黙があり、彼は話し始めた。
実はですね。今回の件を他の会社に調査にだしておりまして。
第三者委員会というものがありまして、紹介したこちらに非があるのか、お客様のほうに非があるのかを調査中なんですよ。
…。
ほ~、こりゃまた勝負にでたもんやの~
これは僕の心の声だ。
なるほど、すると〇〇住宅さんも待ちの状態というわけですか?第三者委員会からの連絡を?
僕はあえてこの話を呑んだ。
するとT・I氏は安心した様子で続けた。
そうなんですよ!!うちのほうでも連絡待ちでして、年内に連絡があればいいのですが。
彼が言ったことを確認してから僕は反撃にでることにした。
T・Iさん、ごめん!
たぶんT・Iさんが言っていることは正しいと思うんだけど、俺には理解できないんだよ。
ほら、僕はそちらの業界のことは素人だからね。
なので上の方と電話を代わってもらえるかな?
同じことを上の方からも説明受けさせてほしいんだよ。
ごめんね、俺、バカだからさ。
彼は確実に焦っていた。
もちろん僕は不動産ビジネスの経験はない。
しかしビジネスの仕組みなんて業種が変われど、枠組みは同じである。
こんなバカな話が通じるほど、僕は老てはいない。
僕は続けた。
明日は定休日でしょ?そしてもう営業時間も終了だよね?そしたらいるでしょ?社内に上司が?
T・I氏は答える。
おりますが…。今電話中でして…。
では一度切るから、上司の電話が終わったらかけさせてくれないかな?
営業時間外だし、そう長くはならないでしょ?
わかりました。かけ直します…。
T・I君、絶対だよ。今日中だよ。待ってるからね。
僕は電話を切ったあと、すぐに出かける準備をした。
もう彼の言葉を信じてはいない。
18時までに電話がなければ、〇〇住宅へ向かうことにしよう。
さあ、おもしろくなってきた。
僕はこういった問題解決が好きであった。そして得意でもあるのだ。
パズルのピースが合わないことなどない。そして火の無いところに煙は絶たない。
木を見て森を見ずにならず、全体を把握したうえで、細部に気を配る。
知恵比べ。一勝負しようじゃないか。
20分後、電話が鳴った。
〇〇住宅のT・Iです。遅くなってすみませんでした。
あれから上司の電話が済んだのですが、また他の電話をしなくていけないようでして…。
私がお話しするということになりました。
えっ?
20分も待たせて?
上のモンが出て来もしねーと?
舐めてんのかぁ?このガキわ!!
これは僕の心の声だ。しかし今回は行動に起こすことにした。さすがに…。
T・I君さ、もう話にならないよ、それ。
誰でもいいから一番近くにいる人と代わって!!
T・I氏は躊躇するが、僕は退くことはしない。
おい!T・I。早く代われっ!!
彼は諦めたようだ。
電話に代わった相手は総務の方だという。
T・Iよりは年上だが、僕よりは若い印象の声だ。
営業部の上司にあたる方は本日不在だという。
大まかな流れを説明したのち、はっきりと確認することができた。
第三者委員会というものはありません…と。
僕は上司と今回の件を会議し、決定した内容を電話してもらうように伝え、電話を切った。
T・Iは上司が不在の中、20分間も言い訳を考えていた。
第三者委員会はもちろんウソで、上司にも相談していない。
誰にも相談せずに、このまま引き延ばす意味などあるのか?
返金しないとも、するともなっていない段階だ。
ただただ、引き延ばされていることになる。
アイツに何のメリットがあるというのか?
引き延ばせば、それだけ追い込まれていくだけだ。
初めは、T・I氏が仲介手数料を横領しているとも考えた。
しかし振込みで対応しているし、そもそもアイツはそこまでのタマではない。
だとすれば、引き延ばしている理由が見当たらない。
妻が言うように、営業成績を守りたいだけか?
でも翌月にキャンセルとなれば同じ話である。
待てよ…。
もしかしたら、アイツだけの暴走ではないのではないか?
上司の指示で言わされているとしたら?
本当はさっきも上司がいたが、代わらなかったとしたら?
例えば資金繰りだ。
〇〇住宅はギリギリの状況で自転車操業をしている。
何かと金のかかる年末に、一度振込みされた資金を返金する余裕がないのだ。
そこで若いT・I氏を窓口にさせて強引にでも引き延ばす。
来月になれば資金の目途が付く案件でもあるのだろう。
これは社会人の浅さが引き起こした、一人の営業マンの問題ではない。
組織が指示している、とてつもなく大きな事件に違いない。
そして僕は不正を許さない。
どんなに大きな企業だとしても、僕のこの人生をかけて抗議してみせる。
やられたらやり返す!倍返しだ!!
〇〇住宅の定休日である翌日水曜日中、何十パターンもの相手の出方を考えた。
そして勝負は先手必勝。
12月24日、クリスマスイブの木曜日の朝9時30分。
僕は〇〇住宅に一人で乗り込んでいくことになる。
つづく…
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