~Life is a journey~旅の前~③なりたい自分像から仕事を選ぶ
仕事とトレーニングを両立していた僕だが、
もう一つの転機となる趣味に出会うことになる。
それが、サーフィンだ。
毎週のように趣味の合うサーフィン仲間と千葉の九十九里海岸に通っていた。
サーフボード一つで波に乗る。
青い海に広い空。
陸には山が見え、健やかな風をたくみに操りトンビが鳴いている。
太陽のエネルギーで魂が充電されていくのがわかる。
サーフィンを通じて自然を感じ、地球を感じ、宇宙を感じることができる。
東京出身である僕には、自然を感じられる大切な時間だった。
こうして自然と触れ合う回数が多くなるにつれて、自分のライフスタイルに対する考え方に大きな変化を感じ始めていった。
先輩と共に会社を始めて七年が経ち、三十歳を迎えた頃、今後の人生設計を真剣に考えていた僕はある決断をだす。
男として、仕事は一生するであろう。
その仕事が、今やっている事で本当に後悔しないだろうか。
今の仕事にも、収入にも不満はない。
しかしこれから四十、五十歳と、この延長線上に自分の幸せはあるだろうか。
もっと自由に、もっと自分らしいライフスタイルを求めてはいけないものか。
何かを始めるのに遅いことなどない。
しかし早いに越したことはない。
思い立ったら止められない性格の僕は、先輩と話し、会社を退くことを決めた。
僕の人生に大きな転機を与えてくれた先輩には今でも感謝している。
しばらくの間は貯金もあったため、仕事はせずに次なる計画を立てることに集中した。
やりたい仕事があったわけではない僕は、なりたいライフスタイルを箇条書きでノートに書くことにした。
〇朝は苦手だからゆっくり起床できる仕事
〇というかそもそも通勤はしたくない
〇どこにいても仕事ができる
〇海のそばで生活したい
〇世界中を旅しながら仕事ができたら最高
こんな感じで、具体的な業種はなくとも、とにかく理想のライフスタイルを書きなぐっていった。
今見返しても、なんともワガママな内容ばかりだ。
あとはこのワガママ内容に当てはまる業種を探していった。
〇トレーニングをずっとしていたので、自宅でトレーナーもできるのではないか?
でもお客さんの予定を合わせなくてはならないし、人気がでたら自由がなくなる。
〇インターネットで無店舗販売なんかはどうだ?洋服や小物を仕入れて転売していく。
でも在庫を抱えるし、お客さんとのやり取りで手一杯にはならないだろうか。
こんな感じでいくつもの業種を見つけては、否定していく日々が続いた。
あくまで成功することを前提に考えているのだから幸せな奴である。
そして最終的にワガママライフにピッタリの業種を見つけた。
それがトレーダーだった。
当時はコンビニに置いてある雑誌でも、頻繁に株やFXの記事が目についた。
これだ!
在庫も抱えず、お客さんもいない。
自分のお金でお金を増やす。そのスキルを磨けばいいだけだ。
こうして決まったのがFX(外国為替取引)だった。
思い立ったらすぐ行動な僕は、さっそく東京の借家を解約して、千葉の九十九里海岸にある一宮町に引っ越した。
一宮は、のちに二〇二〇年の東京オリンピックでサーフィン会場に選ばれることとなる日本でも有数のサーフエリアだ。
そこで毎日サーフィンをしながら投資のスキルを磨き続けた。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。
今までに数回の破産も経験した。
その度にバイトをしながら投資をやり続けてきたわけだ。
投資での奮闘の日々は、これだけで一冊の本が書ける。
機会があれば書いてみたいと思うが、
ここで伝えたいことは、可能性を自分自身で狭めてはいけないということだ。
【自分の限界は自分が決める】
一度は耳にしたことがある言葉だと思う。
この言葉は、例外なく万人に共通する事実だ。
昔、本で読んだことがある。
人間がアイディアや、やりたいことが浮かんだとき、何回チャレンジし、何回失敗したら諦めるものかという実験だった。
五回?三回?またはたったの一回?
答えは0回。
良いと思えるアイディアや、やりたいことが思い浮かんだとしても、
次の瞬間に頭の中で出来ない理由を探し出す。
そして一度もチャレンジすることなく諦め、日々の生活に戻っていくのだ。
同じようなことがたくさんの本でも紹介されている。
話しがそれたが…。
こうして少しずつトレーダーとしてのスキルが身についてきた僕は、キャンピングバスを購入し、二〇一六年の五月(当時三十六歳)から旅を始めた。
理想のライフスタイルを求めて。
つづく…。
【~LIFE IS A JOURNEY~僕の半生記】
キャンピングバスで生活しながら旅をしていた僕が、
道中で奇跡的な出会いをし、妻に公開プロポーズをした自伝小説。
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