~Life is a journey~四国編~⑨涙に浮かぶ満月
志藤さんはBBQ企画に賛成してくれた。
携帯の番号を交換していた僕は、
本木さんに電話をかけ、約束を取り付けた。
僕らは待ち合わせ時間に遅れぬよう、スーパーで食材を買い、
志藤さんの車でバスの停めてある海が見渡せ、普段は使われていない駐車場へ向かった。
駐車場では、すでに到着していた本木さんが芋焼酎を始めていた。
志藤さんは改めて挨拶をしてから家族を紹介した。
テーブルとイスを用意し、キャンピングバスのキッチンで食材をカットし、
本木さんの年期の入った七輪で焼き、みんなで食べた。
『志藤くんたちにも内臓を食べさせてあげたかったな~』と残念そうに言う本木さん。
その横で、【内臓】という表現に騒ぎだす子供たち。
その横で、嘔吐した異物をきれいに掃除しておいてよかった、と安堵する僕がいた。
その日は二月の下旬だというのに暖かく、
スピーチの切り口にもってこいの“雲一つない晴天だった”。
クマジは子供たちと走り回る。
本木さんの言った冗談に僕が突っ込みを入れる。
それを見て、志藤さん夫婦がほほ笑んでいる。
僕は、自分が置かれている幸せな状況に胸が熱くなっていた。
昼過ぎから始めたBBQだったが、辺りはすっかり暗くなり、
冷たい風が二月だということを思い出させる。
本木さんはこのまま軽ワゴンに泊まっていくというので、
心配させないように僕は奥さんへ電話をかけるようにすすめた。
翌日仕事がある志藤さん家族は帰り支度を始める。
僕も明日、四国を出発する予定だったので、これでお別れだ。
『志藤さん、いろいろお世話になりました。本当にありがとうございました。』
僕は、涙をこらえながら握手をした。
『こちらこそ。稲さんと出会うことができて本当に良かったよ。』
そう返してくれた志藤さんの目にも涙が溢れていた。
奥さんにもお礼を言って、子供たちを抱き上げた。
『稲さん、またすぐにお家にきてね。』
そう泣きながら言う子供たち。
僕は、必ずまた来ると約束をした。
志藤さんの車が発車したのを見届け、
振り返ろうとする僕の背後から、本木さんの声が飛んできた。
『まだだっ!』
その鋭い声に僕は振り返るのを止める。
『車が見えなくなるまで手を振る。
そして見えなくなる最後に深くお辞儀をするんだ!』
僕は背後から聞こえてくる本木さんの言葉にならい、手を振り続けた。
そして車が左折する手前で深くお辞儀をした。
深いお辞儀を終え、顔を上げたときに見えた満月の風景は今でも鮮明に覚えている。
椅子に戻った僕は、本木さんにもお礼を言った。
『志藤くんにはお世話になったんだね。』
そう言った本木さんに対し、
『はい。とても…。』
涙が止まらない僕は、それ以上話すことができなかった。
翌日、バスをノックする音で僕は目覚めた。
『稲くん、起きてるか?』
僕が寝ていることを知っていて、しつこくノックする本木さん。
バスのドアを開けると、
エンジ色のベレー帽をかぶり、バッチリ決めた本木さんが立っていた。
ベレー帽にはマスの刺繍がほどこされている。
『稲くん、こっちにきて座りなさい。』
そう言った本木さんの横へ、寝ぐせで爆発している長髪をゴムで束ねてから座った。
『おっちゃんにはな、日本各地に仲間がいる。もしこの先、旅で困ったら電話してきなさい。』
本木さんは珍しく真剣な顔でそう言ってくれた。
『この同じベレー帽をかぶっている人を見かけたら、おっちゃんのことを話すといい。みんな力になってくれるぞ。』
本木さん宅にお邪魔したときに聞いていた。
全国にいる釣り仲間は、企業の社長や医者、政治家まで幅広く、
年に一度は北海道の旭川に集まり、一週間ほどキャンプをするという。
『これからどこに向かうんだ?』
本木さんにそう聞かれた僕の頭の中には、ぼんやりとだが目的地が浮かんでいた…。
つづく…。
人生のレールを脱線したら、こうなった僕の半生記
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