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世界の射場から vol.2〜ノルウェー、アンドーヤ〜
「世界の射場から」、第2回はノルウェーのアンドーヤ。
ほとんど知られていないが、現在でも稼働している最古の射場の一つであり、世界最北のロケット射場。
北欧の国の違いはわかりにくいが、エスレンジを持つスウェーデンは人口1050万人、ノルウェーは550万人(日本だと北海道と同規模)と倍の差がある。エスレンジとアンドーヤで北欧間の国力の差も感じれる。
世界の射場から〜全4回程度を予定〜
第1回:スウェーデン、エスレンジ
第2回:ノルウェー、アンドーヤ
第3回:英国スコットランド、サクサヴォード
第4回:英国スコットランド、サザーランド
Andøya Space, Norway
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アンドーヤスペース(Andøya Space)はアンドーヤ宇宙センター(Andøya Space Center, ASC)とも呼ばれ、2014年以前はアンドーヤロケット射場(Andøya Rocket Range)とも呼ばれていた。
アンドーヤスペースは施設名かつ企業名でもある。
企業としてのアンドーヤスペースの株式はノルウェー王国貿易産業省が90%、ノルウェー政府系の軍事企業が10%を保有。つまり、民営化はされているが、国の関与が大きな企業である。
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事業部としてスペースポートの他、防衛・教育・サブオービタルがある
引用:Andøya Space
ノルウェー北部のアン島(Andøyaのøyaが島を意味するので、アンドーヤ島もしくはアン島と表記される)は面積は日本の種子島と同規模であり、人口は4500人と少人数で、鳥・クジラ・湿原など自然環境が良い。
氷河の浸食で形成されたフィヨルド地形の島。緯度は高いが近くの港は不凍港。 島北部に空港もあって交通の便は悪くなさそう。
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画面奥4~6kmほど離れた場所に市街地と空港がある
引用:Andøya Space
アン島の北部に本社と観測ロケットの射場、島の中西部にアンドーヤスペースポートと呼ばれている衛星打上射場がある。
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引用:Google, Airbus / IBCAO / TerraMetrics
歴史的には1962年に高度100kmを超えた観測ロケット、フェルディナンドが打ち上がった場所。
1963年に日本の内之浦宇宙空間観測所、1964年にスウェーデンのエスレンジが開所されたので同時期。
ノルウェー最初の観測ロケット、フェルディナンドは心優しい牛の童話の主人公名から取られている。冷戦時代に平和目的のロケットだとアピールする名前だったようだ。
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引用:Andøya Space
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引用:Andøya Space
1962年以降、1200機以上のサブオービタルのロケット・気球が打ち上がっている非常に実績のある場所。その研究目的は北極圏の気象・オーロラ・軍事など幅広い。
1995年にはノルウェー・インシデントと呼ばれる、アンドーヤから打ち上がった観測ロケットをロシアが核攻撃と誤認して核戦争が始まる直前だった事件もあった。
スペースポートの建設
2014年頃から準備を行い、2018年には”Andøya Spaceport”の合言葉で、スペースポート計画が正式に開始された。
この決定は島内経済原動力だったアンドーヤ空軍基地が2023年閉鎖予定だったことから地域経済への支援の側面もあった。
また極軌道にしか打上出来ない射場というのはノルウェー上空を飛んでくれる衛星が増えることがノルウェー国益のためにも戦略的に良いと判断があったようだ。
2017〜2019年にノルウェーのコンサルティング会社Norconsultが調査した詳細なレポートが公開されていえる(ほぼノルウェー語の文書)
これと同時期(2019-2020年)にノルウェー貿易産業省から政府の宇宙政策戦略文書も公開されている。政府として宇宙産業を育てる大枠については合意をされていた。
2018年時の計画
2018年の当初計画では2段階で開発を計画していた。
Phase1では最小限の打上施設として、簡素な発射台と管制用の仮設プレハブ。
Phase2では海岸に射場を建設し、産業団地を整備して立派な建物を建設しようとしていた。
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引用:Andøya Space
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引用:Andøya Space
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引用:Andøya Space
このときの建設費用は大きく、13億ノルウェー・クローネ(≒180億円)以上(政府支援金額であり、事業費用はこれ以上)を見込んでいたようだ。
計画変更と現状
2018年のレポートを受けて、アンドーヤスペース社はノルウェー政府に13億ノルウェー・クローネ(≒180億円)の支援を要請した。
2020年、ノルウェー議会は金額を下方修正して承認した。
株式出資2億8,260万ノルウェークローネに加えて、補助金8,300万ノルウェークローネの合計3億6,560万ノルウェークローネ(≒50億円)の条件付き支援とした。
条件は顧客(射場利用者=ロケット会社)と契約を結び、経済的なリターンがある程度目処を付けることを条件としていた。
支援金額が下方修正されたことから、射点の設計が見直された。
最初の段階としてIsar Aerospaceが使用するためのLaunch Pad Aが建設され、最小限の機能のロケット組立棟(AIT, assembly integration and test buildings )も建設された。
ロケット組立棟は単なる倉庫のようで、十分な機能があるかは不明瞭だ。
射点については、タンク・煙道があるだけで、ほとんど必要なものはロケット企業側が持ち込む必要がある仕様。
打上可能なロケットのサイズも決められ、いわゆる小型ロケットまでは打上可能となっている。また、年間打ち上げ可能回数は30回まで政府から許可されているとアンドーヤスペース社は主張している。
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引用:Andøya Space
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Credit: Andøya Spaceport
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写真:Isar Aerospace/Andøya Space
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引用:Andøya Space
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引用:Andøya Space
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引用:Andøya Space
開所式
Launch Pad Aの土木部分と推進剤タンクが設置されたことから、2023年11月にアンドーヤスペースポートの開港式を実施した。
ノルウェー王国のホーコン王太子も出席していた。スウェーデンのエスレンジと比べると慎まやかに実施されたようだ。
スウェーデンのエスレンジも欧州初と主張し、ノルウェーのアンドーヤも欧州初の宇宙港だと主張し、さながら元祖・本家論争のようで、強烈なライバル関係にありそうだ。
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引用:Andøya Space
射場利用者
Rocket Factory Augsburg(RFA)
2020年にはドイツのロケットスタートアップ企業RFAがアンドーヤスペースと覚書を結び、2022年の初飛行にアンドーヤを選定したとニュースが出ていた。
実際には2025年初頭現在、RFA社は英国スコットランドのサクサヴォードで初号機の準備をしている。またRFA社は南米のギアナ宇宙センター(Diamant Launch Site)からの打上も公表している。
アンドーヤスペース側の情報を見ると公式WebsiteからもRFAはあまり表に出てきてないことからも少し距離感があるように感じる。
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引用:RFA
Isar Aerospace
2023 年 11 月の開港式に合わせて、ドイツのロケットスタートアップ企業Isar AerospaceはLaunch Pad Aの20年間の独占的利用契約を締結したことを公開した。
また、Isar Aerospaceは南米のギアナ宇宙センター(Diamant Launch Site)の利用公募にも通っている。アンドーヤと同時に使っていくようだ。
Isar Aerospaceの初飛行は2022年と当初公表していたが、現在は2025年の初打ち上げと主張している。
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引用:Isar Aerospace
資金
前述の通り、2019年に政府に13億ノルウェークローネ(≒180億円)の資金支援を要請したが、議会に3億6,560万ノルウェークローネ(≒50億円)まで修正させられて、その金額で進めている。
約50億円の政府からの支援のうち、約40億円分はアンドーヤスペース社への増資として株式を購入し、約10億円は補助金。数年間に分けて増資を行っているようだ。
また従来からAndøya SpaceはNASAやESA、防衛用途に使わている場所である。毎年の売上規模10~20億円、ここ数年は年間1億円前後の利益と損失を出している。その利益積立の資金もスペースポートの建設・維持に使われいるようだ。
その他
打上の安全距離の確保に関しては、真北方向の極軌道や北北西方向の太陽同期軌道への区域が確保できそうだ。方位90度から110.6度の角度が取れるらしい。一方で漁場と被る可能性についても指摘されている。
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緑は漁制限区域、赤は漁場区域
引用:Andøya Space
気候
アンドーヤは世界最北の射場(緯度69度)であり、極寒の印象があるが、暖流である北大西洋海流と偏西風の影響を受けて、スウェーデンのエスレンジよりは比較的寒くない。ただし、夏でも東京でいうと3月や11月の気温までしか上がらない。また、降水量・降雪量はそこまで多くないようだ。
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スウェーデン、エスレンジと比較すると冬は極寒ではない
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Credit:Andøya Space
法律
ノルウェーの衛星軌道向けロケット打上法は、1969年に制定された「ノルウェー領土等から宇宙空間への物体の打ち上げに関する法律」がある。
一方で、法律の内容は極めて簡素で、規制は貿易産業省が規定する、という内容のみ。
また2023年になって衛星軌道ロケット打上許認可に関して、ノルウェー民間航空局(CAA)が監督機関に指定され、規則発行・安全基準作成・事業者へ許可付与の役割があることとなった。
さらに、2025年にはロケット打上の法律が改定されるようだ。
Isar Aerospaceのロケット打上げが迫るなか法律改正が間に合うのか。
まとめ
ノルウェーのアンドーヤスペースポート(Andøya Spaceport)は、観測ロケットや高高度気球で歴史と実績があり、世界最北のロケット射場。
ノルウェー政府が強く関与する民営化された企業アンドーヤスペース社が運営。
緯度が高い割に寒さは控えで、天候に恵まれている。北側は広く開けていて、極軌道や太陽同期軌道に適した地理的条件も強み。
産業育成と地域経済支援の文脈もありノルウェーの国家戦略としてスペースポート建設が承認され政府から50億円規模で支援を既に受けているのも強み。人口550万人のノルウェー政府がこの規模の資金拠出しているのは注目に値する。
当初計画からは規模縮小されたために設備は極めて最小限であるが、小型ロケット向け射点Launch Pad Aは完成し、Isar Aerospace社が独占利用契約を持つ。RFA社も利用意向を出している。
アンドーヤは日本ではほとんど知られてないが、スウェーデンとノルウェーの欧州本土最初の軌道ロケット射場の地位の取り合いのライバル関係は面白い。本記事第3回目の英国スコットランドともバチバチにライバル関係にありそうだ。
スウェーデンのエスレンジは既に100億円(80億円補助、20億円融資)以上が決まっているのに対してノルウェーのアンドーヤは50億円規模である。人口の比率通りぐらいの資金対決になっている。
日本ではほとんど知られてないノルウェーのアンドーヤであるが、今後も要注目。
参考
Newspace North:アンドーヤスペース社と市、県の関連会社との合弁会社。