世界の射場から vol.3〜イギリス、サクサヴォード〜
「世界の射場から」、第3回はイギリス北部の島にあるサクサヴォード。
新進気鋭で混乱の中から奇跡のように生まれている場所。おそらく欧州本土初の衛星打上射場になるだろう。そして規模も欧州本土最大になる可能性がある。
これまでの話の北欧の人口や日本のGDPを100としたときのGDP(国内総生産, 2023年)は
・イギリス:6800万人、80
・スウェーデン:1000万人、14
・ノルウェー:500万人、11
この国力と歴史を踏まえて読んでもらいたい。
世界の射場から〜全4回程度を予定〜
第1回:スウェーデン、エスレンジ
第2回:ノルウェー、アンドーヤ
第3回:英国スコットランド、サクサヴォード
第4回:英国スコットランド、サザーランド
SaxaVord, UK
サクサヴォードスペースポートはグレートブリテン島の北東部のシェトランド諸島の最北部アンスト島にある。
シェトランド諸島は日本の沖縄島と同程度の面積があり人口は2.3万人。アンスト島になると面積は宮古島や香川県小豆島より少し小さい程度で、人口は600人ほどのイギリス最果ての地。
サクサヴォードスペースポートと呼ばれる前はシェトランド宇宙センターと自称していた。
イギリスのロケット開発歴史
第二次世界大戦後の1950年代、イギリスは弾道ミサイルBlue Streak missileをの開発を進めていた。アメリカ製エンジンの影響を強く受けたケロシン/液体酸素を推進剤としたエンジンを搭載した機体だった。その後軍事目的には向かない(液体酸素を用いているから)ことと高すぎる開発コストを理由に中止となった。
Blue Streakはその後、60〜70年代にかけてEuropaロケットの1段目に転用された。Europaロケットは一回も成功せず中止となる失敗ロケットとして有名であるが、Blue Streakのせいでは無かったので不運な運命のロケットである。
Blue Streakと同時期の50〜60年代にBlack Knightという研究用ロケットの実験が進められた。開発費・成功率ともに良好な結果で期待が集まった。Black Knightは世界でも珍しいケロシン/過酸化水素を推進剤として使用していた。
Black Knightの好成績を元に人工衛星打上用のBlack Arrowロケットを開発し、1969〜1971年にオーストラリアから打上を実施。4回目には軌道投入にも成功。これによりイギリスは日本・中国に次ぐ、世界で6番目の衛星打上成功した国となった。Black Arrowは島国特有の変態ユニークな技術も多く、非常に興味深いロケットである。
一方で、同時期の米国NASAのロケットにコスト面で勝てず、1971年に中止。
長々書いたが、つまり、イギリスはロケット開発実績を作ったが1970年代に放棄し、国際協力の名のもとに、人工衛星打上げは他国に頼るようになった。西側全体でロケット保有すればいいという判断だった。
一方で2016年のイギリスEU離脱から、宇宙開発能力を独自保有したい機運が高まった。
イギリスからのロケット打上の野心
宇宙開発能力を持ちたい野望をもった英国宇宙庁は2017年から本格的にロケット射場探しの活動を実施。複数候補地はあったが、サクサヴォードは最初は候補に無かった。
このLaunchUKプログラムは採択されると採択企業は1000万ポンド(≒14億円)の枠から助成された。実際にはサクサヴォード以外の場所が採択されてそれぞれ数億円規模での支援がされた。
英国宇宙庁としては、イギリスで宇宙産業の10%の市場シェアを取ろうと野心的な活動をいまでも続けている。
LaunchUKプログラムではVirgin Orbit社のLauncher Oneをイギリスに誘致しようとしていた。実際にCornwall空港から打上を実施したが、打上は失敗だった。Virgin Orbit社の様々な顛末は過去に記事を書いているので下記を参考に。
LaunchUKに合わせて、2017年にはSCEPTREプログラムという、イギリス領土内のベストな射場はどこかという技術的な報告書も公開された。
さらに、2018年に英国宇宙庁はロケット会社の誘致・育成としてイギリス国内から打上げさせる資金援助を実施。米国ロッキード・マーティン社に2,350 万ポンド(≒35億円)と英国Orbex社に550万ポンド(≒8億円)を出した。
当時は英国宇宙庁はサクサヴォードではなく、射場は別の場所(サザーランド)の予定で補助を出していた。
サクサヴォードのはじまり
話は変わり、サクサヴォードの地域・地方について。
サクサヴォードの土地は紀元前2200年〜1800年頃にの青銅器時代には火葬場であり、9〜14世紀にはヴァイキングが入植していた歴史を持つ地域である。
また、1941年〜2006年まではソ連の脅威を監視するレーダー基地であった。
2008年頃、撤退したレーダー基地の土地は売却され、Frank Strangさん夫婦が購入した。Frankさんは地元出身のイギリス退役軍人で、古い軍事施設を改装し、歴史や自然を知るための観光リゾートにしようとしていた。しかしこの観光リゾート計画は経済的には苦しかったようだ。そのため、Frankさんはジンの蒸留所のビジネスも同時にやっていたようだ。
シェトランド宇宙センター社、創業
前述の英国宇宙庁の2017年頃の射場検討の結果を受け、2018年1月にFrank夫妻は自らシェトランド宇宙センター社(現在のサクサヴォードスペースポート社)を創業。
当時のメンバーは夫婦(役職はCEOとCOO)と地元友人2人の4人体制。
設立数ヶ月でロッキード・マーティン社と覚書を締結するなど進捗があり、9月には社外取締役4人を入れて8人体制になった。
このときの全員で8人の平均年齢は60歳。
資本金は45万ポンド(≒6000万円)。
自ら「宇宙センター」と名乗るには中々ファンキーな体制だ。
詐欺師との出会い
2018年創業から2年ほどは自己資金で細々事業をやっていたようだ。
スペースポート建設には多額の資金が必要だ。資金調達に走っている中、出会いがあった。
2020年2月、シェトランド宇宙センター社は資金調達の発表を行った。
スタートアップ企業の資金調達に倣い、会社評価額を1,000万ポンドとして、20%株式である200万ポンド(≒2.8億円)の投資契約を締結した。
メディアがこの投資を報道し、宇宙港の期待は大幅に高まった。
この投資した会社(Leonne Investments)は30代の「スコットランドの神童」を名乗る人物の会社だった。
喜びのメディア発表とは事実は全く異なり、投資契約しておきながらシェトランド宇宙センター社には金を振り込まず、その代わり、契約書を担保に株券を一般投資家に勝手に販売していた。数千万円分は販売してしまっていたようだ。
簡単に言うと投資詐欺的な行為だ。
日本だと制限されている行為だが、イギリスでは出来てしまうようだ。
当然に金融当局から警告が来て、2021年10月にFrankさんとこの投資会社の関係は解消されたようだ。
つまり、2年弱もの間、怪しい人物との株式を巡るバトルがあったのだ。
2024年にも当該人物が別の会社で4.5億円ほど投資詐欺をしたとして会社解散命令をだされている。
大富豪からの投資
2020年の投資トラブルの逆風の中、2020年後半、ロッキード・マーティン社は、連携していたABL space社のRS1ロケットの打上をサクサヴォードに移す計画を発表した。
また、1か月後の2020年11月、保有資産1兆円を超えているデンマークの億万長者でスコットランド北部最大の地主であるアンダース・ホルヒ・ポールセン氏が150万ポンド(≒2億円)を出資した。
個人資産1兆円超というと、日本でも4人しかいない程度の大富豪である。
また、これと同時期の2021年1月に英国宇宙庁にスペースポート計画書が提出された。
スペースポート建設へ
後述のように、民間資金として株式での資金調達や国からの補助がロケット事業者に入りはじめ、射場建設は2021年から急ピッチで進められた。
サクサヴォードスペースポートの敷地内には、3つの射点と3つの衛星統合施設(格納庫)があり、地上局アンテナも設置される。
2024年4月までに約3000万ポンド(≒42億円)の資金で整備されてきたようだ。
射点の名前もオシャレで、"Elizabeth"、"Fredo"、"Calum"と名前がついている。
スペースポートとしては、衛星統合施設などの場所提供をして、射点設備はロケット事業者側が作っているようだ。
また、非常に参考になる環境アセスメント結果も公開されている。
開所式
2024年5月には開所式が行われた。
エスレンジやアンドーヤでは首相や国王、王太子など来賓に国を挙げての開所式をやっていたが、サクサヴォードはスコットランド自治政府の副首相が来賓ぐらいの、手触り感のある小さな開所式だったようだ。
射場利用者
サクサヴォードには3つの射点の計画があるが、利用を希望しているロケット事業者は複数ある。大人気だ。
既に利用している、独RFA社。
利用希望を出している英国Orbex社、英国Skyrora社、仏Latitude社、独HyImpluse社(観測ロケット含む)、カナダC6Launch社
過去利用希望を出していたと思われる、米国Lockheed Martin社(米国ABL社)、米国Astra社。
Rocket Factory Augsburg(RFA)社
この「世界の射場から」シリーズで毎回登場する、ドイツのロケットスタートアップ企業RFA社はサクサヴォードでRFA Oneロケットの初号機打上の準備を行っている(2025年現在)。
2023年までにRFAは約1,300万ユーロ相当の発射台を含むインフラを設置し、Fredo射点への複数年の独占利用契約を締結している。
2024年8月の1段ステージ試験と呼ばれる試験中に火災が発生し、現在その対策を行っているようだ。
資金調達
驚くべきことに、サクサヴォードスペースポートは2024年まで地方行政であるスコットランド自治政府から6000万円ほどの助成金を除いて民間資金で建設・運営してきた。
民間資金はサクサヴォード社がスタートアップ企業的に株式での調達を行い、このサイトによると2022年までに1710万ポンド(≒25〜30億円)の資金を確保してきた。会社の評価額は100億円ほどになっているようだ。
前述のように個人資産1兆円の大富豪からの出資が後押しになったようだ。
スペースポートの運営会社がここまで大きな民間資金調達をした例は他にないし、イギリス以外の国ではかなり難しいように思う。
また、CEOによると2024年時点で約4000万ポンド(≒60億円)を調達したと主張している。(この主張の金額は売上やロケット事業者の現地への投資金額などを含むと思われるので取扱注意)
2024年3月になって初めてイギリス政府からの1000万ポンド(≒20億円)の資金支援が行われた。今後さらに支援が行われそうだ。
元々イギリス政府やESAはスペースポート側ではなく、ロケット事業者側への産業育成支援を重視していたところもあり、その観点でもスペースポート側への支援は比較して遅くなったようにも思える。
その他
ロケット打上のための安全確保できる領域の広さはエスレンジやアンドーヤと比べても十分に広い場所を確保できる(当然北側のみ)。
北海の広い場所を警戒区域と設定できるとスペースポート許認可の書類には書かれている。
北緯60度(北海道札幌の緯度は43度)という寒そうな場所にあるが、暖流の北大西洋海流のおかげで冬も最低気温がマイナスにならないほど寒くない。
ただし、夏でも東京でいうと3月や11月の気温までしか上がらない。また、降水量・降雪量はそこまで多くないようだ。
法律
イギリスでは2018年の宇宙産業法でロケット打上やスペースポートの許認可(ライセンス)について法律で定まった。また、「宇宙産業規則 2021( Space Industry Regulations 2021)」によって詳細に定まっている。
このように法律面ではスウェーデンやノルウェーと比べても欧州の中では進んでいる。(日本とは同程度だと感じている)
まとめ
イギリスはロケット開発能力を1970年代に放棄。
2016年のブレグジット以降、イギリス独自の宇宙開発能力担保と産業育成政策を大胆に実施。イギリスがロケット打上可能な国になるべく、ロケット事業者は誘致してくる政策や射場検討の支援まで幅広く実施していた。
その中で、当初は見向きもされてなかったシェトランド諸島のサクサヴォードにおいて、観光リゾート開発や地元のジン蒸留所をやっていた夫婦が創業した平均年齢60歳の企業が一躍注目されていくことになる。
途中で詐欺師とのバトルがあったり、資産1兆円持つ大富豪から出資されたり、ロケット射場運営会社として世界で唯一無二なほどの金額を民間資金で調達しながら実現に向けて進んできた。
2024年にはロケット事業者であるRFA社の燃焼試験(爆発はしてしまったが大きな試験である)の実施やイギリス政府から20億円の資金援助があり、本格的な射場になっていくことが見えてきている。
スウェーデン・エスレンジと比べると宿泊施設や通信アンテナや気象観測などのインフラが不足している。一方で、打ち上げの安全区域確保の地理的優位性はある。
ノルウェー・アンドーヤと比べると国からの支援はまだ弱い印象。一方で利用希望者が多く、似たような資金規模で開発している中では、民間企業主体なために自由度も高そうだ。
サクサヴォードスペースポート、非常に注目のロケット射場である。
参考
SaxaVord Spaceport 公式Website
Civil Aviation Authority(イギリス民間航空局) ライランス発行の監督機関、ここでsaxavordなどで検索すると資料が出てくる
GOV.UK イギリス政府の情報探すならここ、saxavordや各社ロケット企業名を入れると資料が出てくる