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世界の射場から vol.1〜スウェーデン、エスレンジ〜
2025年初頭の現在、世界ではロケットの発射場(射場)が増えつつある。
現生人類には宇宙にアクセスする手段はロケットしかない。宇宙にモノを運びたい人が増えていく中、ロケット発射場の発展・増加は大きな流れとして自然だ。
一方で、射場建設可能地域は条件が厳しい。どこでも作れるわけではない。安全確保できる広い場所、打上方角が無人地域、交通の便がある程度良好、など条件が厳しく、世界でも限られる。他国の軍事基地兼用射場の場合は秘匿性も高い。
ここでは、最近HOTなロケットの射場の現状についてまとめる。
私の立場上、もっと詳細に知っている部分もあるが、かなり気を付けて公開情報だけをソースに書いている。
第一回は欧州域内の新射場の中で歴史・実績・資金・体制・進捗が一番だと私が考えるスウェーデンの射場。
世界の射場から〜全4回程度を予定〜
第1回:スウェーデン、エスレンジ
第2回:ノルウェー、アンドーヤ
第3回:英国スコットランド、サクサヴォード
第4回:英国スコットランド、サザーランド
単語の整理
発射場:一般の人はロケット打上施設のことを発射場と呼ぶことが多いように感じる。
射場:プロや少し詳しい人はロケット打上施設を射場と呼ぶ事が多い。英語だとRangeやLaunch Complex。
射点:射座やLaunch Padとも呼ぶ。実際にロケットが打ち上がるときのその一点の場所を指す。一番狭い意味の単語。
スペースポート(宇宙港):発射場・射場と呼ぶと、ロケット打上施設だけを指すが、海港・空港の延長線上で宇宙交通の要所である点と地域発展の重要性を加味してスペースポートという呼び方をすることも多い。他の単語と比べて包括的で広い意味の単語。
宇宙センター:正式な定義は知らないが、政府系の宇宙の研究開発を総合的に実施する場所、もしくはロケットの射場は宇宙センターと名付けられることが多い。
Esrange Space Center, Sweden
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エスレンジ宇宙センターはスウェーデン北部の鉄鉱石が有名な人口2.3万人の街キルナ市の東に40kmにあるロケット射場と研究センター。
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1964年にESRO(欧州宇宙研究機関、ESAの前身)によって建設。日本の内之浦宇宙空間観測所が1963年に開所しているので同時期の施設。
1972年に所有権がスウェーデンの国営企業であるスウェーデン宇宙公社(以下、SSC)に移された。
元々はESRO Sounding Rocket Launching Range(ESROの観測ロケット打上げ射場)の頭文字から取られた名前で、現在ではEuropean Space Rangeを意味していると考えられEsrangeと固有名詞化している。
観測ロケットと高高度気球では既に有名で、これまで600機以上の観測ロケットの打上、500機以上の高高度気球の放球が実施されてきた。
また、人工衛星との通信用アンテナや、宇宙状況把握と呼ばれる宇宙ゴミの追跡可能なレーダーもある。
気象観測装置も充実しているようだ。
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Credit: DLR/Dorian Hargarten
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引用:SSC
周辺地域は先住民族のサーミ人がトナカイを放牧して生活している地域でもある。そのため、地域協定を作って範囲内で事業を実施している。
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引用:SSC 凡例のみ日本語化
全体像
エスレンジでは気球、オーロラ調査、ロケット打上げ、衛星追跡など多様な事業を実施しているので東西6km、南北2.5kmほどの地域に下図のような場所が整備されている。
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北西はロケットエンジンの垂直試験設備場所などがある
引用:Google, CNES / Airbus
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引用:SSC
スペースポートの建設
2012 年にスウェーデン政府によって国家戦略施設に指定され、能力増強計画が開始。
2020年にスウェーデン政府が衛星打上げ可能なLaunch Complex 3への資金提供を決定し、建設中。
これをもって従来Range(射場)という単語だったものから、スペースポートだと呼称しはじめている。
全体としては、戦略的に以下の5つのレベルを段階的に実施中。
レベル0(インフラ近代化):56箇所の施設を近代化改修。(2020年まで)
レベル1(試験設備):ロケットエンジン開発試験用の水平・垂直テストスタンドの建設、レベル2を実現するための道路・光ファイバー、土木工事を実施(2020年)
レベル2(再使用):再使用ロケットの試験打上設備の構築、レベル3を実現するためのインフラ工事(実施中??)
レベル3(スペースポート):衛星打上ロケットが可能となるLaunch Complex 3の実現(実施中)
レベル4(打上サービスプロバイダー):ロケットメーカーを誘致し、Esrangeから打上可能にする技術サポートサービスを実現(準備中)
レベル5(Esrange 2.0):さらなる進化へ
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引用:SSC(Philip Påhlsson, 2021)
21年に公開された資料では22年までスペースポート完成予定だと記載があるが実際には数年遅れている。
資金
2021年までに政府から50M€(≒80億円)の支援を受けてスペースポート建設が進んでいる。その後も継続的に投資されている。
例えば、スウェーデン宇宙公社が北欧投資銀行から12M€(20億円弱程度)融資受けてスペースポート建設の資金としている。
資金はスウェーデン政府だけではなく、エスレンジの所在しているノールボッテン県やキルナ市からも公的支援を受けているようだ。
さらに後述のように、民間企業がロケットエンジン燃焼試験設備を既に使っていたり、欧州宇宙機関ESAがロケット飛行試験として使うことを約束していたり、米国企業がエスレンジから衛星打上すると協定を結ぶなど、既に売上に相当する金額が入っていると思われる。
燃焼試験設備VTS-1(RFA社)
レベル1として、ロケットエンジンの試験場として既に2ヶ所の土地が整備されている。今後ニーズ次第では3ヶ所目を作る計画もあるようだ。
ドイツのロケットスタートアップ企業であるRFA社は縦吹き燃焼試験を2023年に実施している。
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引用:RFA(youtube)
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引用:RFA(youtube)
燃焼試験設備VTS-2(Isar Aerospace社)
RFA社と同様に、同じくドイツのロケットスタートアップ企業Isar Aerospace社も2023年から試験を実施している。
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引用:Isar Aerospace(youtube)
LC-3
エスレンジの東端の450m×100mほどの区域をLaunch Complex 3(LC-3)と呼んで2021年から順次整備されている。
大枠としては、ロケット統合棟(LVIB)に加えて、ロケット打ち上げ地点であるLaunch Pad・射点・射座と呼ばれる場所がLC-3A、LC-3B、LC-3Bの3ヶ所が整備されつつある。
ロケット打上の際は、従来からエスレンジにある、人工衛星追跡用のレーダーや通信用アンテナなどの設備をロケット用に共用できるのは大きな強みである。
完成初期は年間1〜3回程度のロケット打上を想定しているが、需要に応じて増やしていくことを前提としているようだ。
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引用:SSC
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写真:SSC
欧州やスウェーデンとしてもチカラは入っていて、23年のエスレンジのスペースポート(LC-3)の開所式には国王、首相、欧州委員会委員長まで出席して大々的に開催している。
欧州委員会委員長はEUのトップであり、開所式ではその人から長く熱い熱量でエスレンジに期待するスピーチがあった。
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引用:SLATO
LC-3A|小さな射点
韓国のPerigee Aerospace社やオランダのT-Minus Engineering社など、超小型のロケットや観測ロケット打上が計画されているようだ。内容詳細は不明。
LC-3B|再使用ロケット試験場所
欧州宇宙機関ESAのプログラムで、Arianeグループがプライムコンストラクタの再使用ロケットの技術実証プログラムであるThemis(テミス)の飛行実証がエスレンジで計画されている。
最終的なフライト実証は南米のギアナ宇宙センターの予定だが、その前段階の小規模な試験はエスレンジの予定である。
当初は23年には実施予定だったが、25年実施予定と変更になっている。
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cite:CNES/REAL DREAM, 2021
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25年にはちょっと浮かせる試験をエスレンジで実施予定
cite:CNES/REAL DREAM, 2021
LC-3C|衛星打上ロケット用射点
LC-3で最重要視されているLC-3Cは衛星打上を可能とする射点であり、建設中。
米国のFirefly Aerospaceと2026年にAlphaロケットを打上ることを可能にするための協力協定を締結している。なぜ米国企業のロケットがと疑問になるが、プレスリリースの中に「NATO諸国の国家安全保障をさらに推進するための戦術的に即応性のある宇宙ミッション」の実現のために必要だということが強調されている。
LVIB|ロケット統合棟
45m×50mの大きさの建物でロケット打上前に組み立てと確認作業が行えるようになっている。複数のロケット企業が来ても良いようにセキュリティのある2部屋が分離されているようだ。また、クレーンや温度やクリーン度もロケット・衛星の人が来やすいように考えられている。
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別々の2社が入れるようになっている
引用:SSC
その他
エスレンジは広く宇宙センターやスペースポートを使ってもらえるようにユーザーズハンドブックを公開している。内容も充実していて素晴らしい。
土地もあり、無人地帯があり、建設も順調に進んでいるように見えるエスレンジにも、多少の懸念はある。
まず、寒い。普段北海道に住んでいる私から見てもビビる。
北緯67度にあり、白夜やオーロラの世界として寒さ対策が求められる。
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加えて、実はノルウェー側の領土に入ると、エスレンジから太陽同期軌道に向いた方向の220kmほど先にトロムソという人口7万人程度の街がある。また、真北側には石油掘削リグがあったり、さらに先にも有人島があるのでロケットの飛行で避ける必要がある。
Esrange安全マニュアルに従って安全処置すれば良いとのことだが、どの方向に打上げても街の上を飛ぶことになるので、それなりのハードルはありそうだ。
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スカンジナビア半島や石油掘削リグなど気にするべき場所も多い
引用:SSC
また、日本でいうところの宇宙活動法のようなロケット打上の許可制度の法律が未整備である。今後整備予定とのことだが、内容が未確定なのは事業上の懸念になる。
まとめ
スウェーデンの国営企業SSCが運営しているエスレンジ宇宙センターは「スペースポートエスレンジ」を掛け声にして、衛星打上が可能な場所になろうと進化の途中である。
歴史があり、広大な場所があり、観測ロケットや高高度気球など実績も豊富で、北側のスウェーデン国土内は無人地帯が広がっている点など、可能性の高い場所である。
歴史があるぶん敷地内に70部屋程度のホテルがあったり、通信用アンテナやレーダーや基本的な施設は共用可能であるなど充実した施設が既にあることは欧州域内では他にない強みだ。
スウェーデン政府としてもチカラを入れいてることや欧州全体で射場を求めていることからも推進力も強そうに見える。
一方で、寒さ・ノルウェーなど他国への安全性担保・法律未整備などの懸念を解決可能かは気になる。
スウェーデン政府だけではなく、県や市レベルでの財政的な地域の支援もあり、欧州の中では、かなり進んでいる。
スウェーデンは日本と比べて人口10分の1以下の国であるが、公開情報だけでも公金が100億円以上の規模で資金が注入され建設が進んでいる。実際にはESAや民間からの利用料など含めて一部資金回収まで見えているはずだ。
実際の人工衛星打上はFirefly社Alphaロケットの2026年以降だと思われるが、欧州の中で政府系が一番チカラを入れている分、今後も要注目である。