Fastrac単体

SpaceXのロケットが安い理由は再使用ではない、という話

結論:安いロケットエンジンを持っているからである。

SpaceXのFalcon1(退役済み)やFalcon9に使われているMerlinエンジンはRP-1(灯油に似た燃料)と液体酸素(LOX)を推進剤にしたロケットエンジン。A~Dとバージョンがあり、推力は34〜62トン重と2倍近くも差があるエンジンであるが、価格はおよそ1億円だと噂されている極めて安い
エンジンだけではなく全体で低コストの方法が取られているが、2002年創業のSpaceXはNASA等の技術をうまく活用している。
この記事ではMerlinに通じるエンジンのうち、日本語での情報が少ないNASAのFastracエンジンの紹介。

SpaceXのMerlinエンジンはSpaceXのCTO of PropulsionでもあったTom Muellerさんが設計していた彼のSpaceXの前職場であるTRW社のTR-106TR-107が前身として有名であるが、Fastracも重要。

アメリカの再使用ロケットの流れ

再使用ロケットとしては1980年代から飛んでいるスペースシャトルが有名だが、再使用ロケットとしては高すぎて改善が必要だという強い認識が持たれていた。夢の宇宙時代が来ると思われていたが、実際には全く逆に宇宙へのハードルを上げてしまった。例えばスペースシャトルのメインエンジン(SSMEもしくはRS-25)は再使用可&大推力&超高性能だが、値段も最高級だった。1基50Mドル(55億円程度)もする。スペースシャトルには3基ついているし、毎回の点検+複数回使用したら交換していた

1991年頃からアメリカの国防省とNASAによって垂直離着陸の試験ロケットDC-X、DC-XA(DCはデルタクリッパーの頭文字)と呼ばれるロケットが開発された。飛行試験はしていたが1996年に中止になる。

デルタクリッパーを止めたNASAはスペースシャトルの後継機としてベンチャースター計画を立ち上げる。ベンチャースターは技術的に野心的であり、大きすぎるので1996年から試験機として小型のX-33という計画を立ち上げた。さらにDC-XとX-33の中間の技術を取得する目的で同じ1996年にX-34という機体のプロジェクトを進めた

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X-34

ロケットエンジンを搭載した翼付きの無人自律飛行の機体。X-34の開発を行っていたオービタル・サイエンシズ社(以下、オービタル社)所有のL-1011(スターゲイザー)という飛行機にぶら下がって、空中発射。最大速度はマッハ8、到達高度は約80kmを計画。全備重量21.7トン、ドライ重量8.1トン。飛行機とのインターフェイスはペガサスロケットに合わせている。窒素ガスによるコールドガスのRCS。
複合材多用し、燃料タンクも複合材、熱保護システムも搭載。24時間以内に再使用可能で、年25回打上げ可能な設計を目指していた。
1996年から開発開始し、3機製造が予定だったが、1機エンジン非搭載の機体を完成させた時点の2001年に開発中止となった。

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X-34のための低コストエンジンFastrac

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再使用可能なエンジンの価格を下げる目的で1996年からNASAのマーシャル宇宙飛行センター(MSFC)がFastracというターボポンプ式・液体ロケットエンジンを開発し始めた。マーシャル宇宙飛行センターは初代長官がフォンブラウンでロケットエンジン開発では由緒正しい場所。

Fastracのコンセプトは安い、シンプル、ロバスト(頑強)、作りやすい。

Fastracの早い開発スピード

1996年4月に開発開始
1996年6月にSRR(システム要求レビュー)
1996年8月にPDR(基本設計レビュー)
1997年4月にCDR(詳細設計レビュー)
1998年8月に最初のエンジン納入(計画開始から28ヶ月後)
1998年12月に燃焼試験を実施。燃焼試験ではマイナーなトラブルもいくつか出たが、2000年12月まで2年間燃焼試験実施。
ノズル(燃焼室)は50個制作し、5個の完成エンジンがあった。57回で合計888秒の燃焼試験を実施。

Fastrac安さの特徴

ロケットエンジンのコストは多くはメーカーが秘密にするので公開情報出てこないが、FastracはNASAのプロジェクトなので公開されている。
エンジン1基あたり1.2Mドル(1.3億円ほど)の計画だった。
これは同じサイズのエンジンの1/5のコスト。さらに改良と量産で350kドル(4000万円弱)まで下がると予想していた。
特に推進剤を燃焼器に送り込むロケットエンジンの心臓にあたるターボポンプは300kドル(3300万円程)でこれは典型的なターボポンプの1/10のコストで、改良と量産で90kドル(1000万円弱)まで下がると予想していた。
これはCOTS(commercial off-the-shelf、宇宙用品以外からの活用)と既存の宇宙企業以外からの調達により達成出来たことだった。

開発段階で製造費として(メーカーの利益が入っているか不明)、
インジェクタは同種衝突型と言われる方式で、50kドル(550万円程)。
ノズル(燃焼室)は125kドル(1300万円ほど)。
GG(ガス発生器)は12.5kドル(130万円ほど)。

Fastrac技術的な特徴(燃焼室・ノズル)

燃焼室とノズルをFRPで作っているという特徴がある。ロケットエンジンの内部の炎は3000度にもなり金属でも何でも溶かす温度であるが、GFRP(シリカ繊維とフェノール樹脂の複合材)のアブレーション冷却と燃料によるフィルム冷却により周りを冷却していた。CFRP(炭素繊維ーエポキシの複合材)で内部のGFRP部分を強度的に補強した。ノズルは簡単に交換可能になっていた。
シリカ/フェノール樹脂の材料選択はカーボン/フェノール樹脂と比較検討されたが、炭化水素燃料の燃焼ガスとの反応性からシリカが選択された。
フィルム冷却により、事前の小さい規模での地上燃焼試験では燃焼室・ノズルの侵食(エロージョン)は全く無かった。Fastrac 60kと呼ばれる本番仕様のものでは少しはエロージョンしたようだ。

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Fastrac技術的な特徴(ターボポンプ)

ターボポンプは2種類の推進剤があるが1軸で繋がっている方式。それぞれ遠心ポンプが1つづつで、タービンは超音速衝動タービン。回転数は20000rpm。開発途中でLOX側で旋回キャビテーションが問題になり対策が施された。

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Fastrac技術的な特徴(その他)

燃焼室圧力は4.3MPa、開口比40。
液体ロケットエンジンのターボポンプ式としては一番シンプルなGG(ガス発生器)サイクル。GGサイクルは部品点数が少なく開発が比較的簡単。GG燃焼圧は
TEA-TEBと呼ばれる自己着火性の液体による点火。
O/Fの制御などは事前の地上でやっておくことで、バルブはOn/Offのみの簡単な制御のみとしている。

FastracとX-34の結末

Fastracエンジンの開発はCOTS品を中心に多少のトラブルが出つつも進んでいった。しかし、比推力(Isp)がX-34側から310秒必要と言われていたが未達だった。特にノズル効率が燃焼途中で落ちる問題などもあった。エンジン価格は1.5Mドルまで高くなってしまった(それでも画期的に安いのだが)。

一番の問題はX-34とエンジンの統合部分の不適合だった。

Fastracエンジンは低コストエンジンの研究開発という目的であり、エンジン開発チームは機体であるX-34が合わせてくれるはずと思っていた。しかし機体側からの要求と合わず(例えば水平に点火するけど、地上試験では垂直でしか試験していないなど)合わせようとすると予算とスケジュールがはまらない。

エンジン開発も機体開発も長時間労働が常態化し、経験者が抜けて経験浅い人間が担当になって遅れていくうちに予算がなくなっていった。固定価格契約になっていたのでオービタル社の判断による技術的な問題への対処も困難だった。

組織も問題で、NASA本部とマーシャル宇宙飛行センター(MSFC)がオービタル社を監督する立場だったが、MSFCのエンジンチームはオービタル社の下請けとしても動いていた。FastracエンジンとX-34の適合に問題が出てきたときに、MSFCのエンジンチームによるメモ(不適合の影響がどのぐらいあるかの非公開な内部文書)がNASA本部も含めて全員に配布されてしまって大きな問題になった。オービタル社を飛ばしての情報で混乱があったことは文献にかかれている。

機体自体の遅れ、エンジンとの不適合などあってX-34の計画は2001年にキャンセルになった。

Fastracの遺産とSpaceX

Fastracエンジンの技術的な遺産を使って、近いサイズのエンジンとしてSpaceXのMerlinエンジンが出来た。推進剤噴射器(インジェクタ)はピントル型というさらに安価で推力調整も可能なものに変更されているが、特にMerlin 1Aという最初のものは設計が似ている(ように見える)。ターボポンプは同じメーカーであるBarber-Nichols Inc.が作っていた。(ただし、後にSpaceXは同じような形態のターボポンプを独自に作るようになる。)その他の部品もFastracでのメーカーが使われていると思われる。

以下は想像だが、

費用としてもFastracの野心的な1基1M ドルという計画はそのままMerlinエンジンにも引き継がれて、SpaceXはかなり安くエンジンを製造しているはずである。

おそらくFastracの将来計画であった1基4000万円から試作段階の1基1億円の間だと考えられる。Falcon9には10基のエンジンがあるが、4億〜10億円で済んでいるだろう。

Falcon9は現在競争力がありすぎて、1回の打上げで再使用で70億円、使い捨てで100億円ほどまで値上げしているようだが、Falcon9の計画発表当時2005年には1回打上げ30億円と宣言していたのも、こんなエンジン価格を前提でコスト積み上げで考えていたのだろう。現在は十分な利益が出るわけである。

日本では

安価なロケットエンジンというお題目で日本として液体水素/液体酸素を推進剤としたLE-9エンジンが作られている。価格は非公開なので、よくわからないが、Merlinに価格面で勝ててるとは思えない。Merlinの次にはSpaceXのRaptorやBlue OriginのBE-4という大型エンジンも見えている世界である。

研究開発大好きだと再使用ロケットに向いてしまいがちだが、1基(1機)あたりのコストを下げるような方向性こそが現在の競争力の源であることを忘れてはいけない。

参考文献

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