無邪気さ
たった1年の差の中に感じる「無邪気さ」。
もちろんこれはうちが感じてるだけだから、みんながみんな共通するわけじゃないとは思う。
説明すると、うちは浪人してる。だから現役生より一年早く高校生活を終えてるってこと。大学の自分の周りの8割近くが半年ちょい前には制服を着て友達とお弁当食べてまだ期末試験を受けてたという事実にただただ驚愕。
そりゃ浪人してるんやから当たり前って言われたらそれまでなんだけど、それを身をもって感じて、負の感情とかではないけども傍観者として物事を見てる疎外感のような第三者のような気持ちになった。
それと共に感じる本題"無邪気さ"。
わたしの考える大人からしたらわたしも子供なんだろうし、無邪気な面もあるかもしれない。けど、わたしからしたらその浪人の1年間が体感としては短いけど、高校生の思い出との間にあまりにでかすぎる壁を作ってる。それで、周りの子達と接する節々に無邪気さを感じてしまう。
ところでわたしの考える無邪気さってなんだろう。それが明確化されてなかったらうちの話なんてわかるわけないよね。
ってことでわたしのいう無邪気さの話。
わたしは物事を良し悪しとか利益不利益とかで決めるんじゃなくて、素直に目の前のことに全力で取り組めて、疑いなく受け入れられる心、そういうのを無邪気さだなって思う。なんか意味あるのとか考えちゃうし、言われたこと感じたことをそのままに感じられない。素直さって言ったらそうなのかもしれない、でもなんか自分の中では違うくて深く考えることない感じはまた素直さとは違う気がする。
こんなことあれこれ話してきて現役の子と時々壁感じたりするみたいな話だったんやけども、振り返ってみれば高校でもすでに自分はこんな感じやったし、元々無邪気さはあまりなかったのかもしれない。でもこの一年で、さらに無邪気さとかけ離れちゃって、周りの人に感じる無邪気さにちょっと羨望の意を感じたりする。
でも、ほんのたまに周りの無邪気さを羨ましく感じる子に出会う。そのとき、このなんとも言えない感情がただただ羨望だけのマイナス的な感情だけじゃなくて、シェアできるわたしだけじゃない感情なんだなとわかってちょっぴり幸せになることもあるのだ。