(f)or so long ... 第1話
はじめに
この話は tel(l) if… の卓実視点の話です。時系列はvol.17以降です。
本編はこちらからどうぞ。(全話無料)
登場人物
千葉 咲恵
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。「tel(l) if…」の主人公。
伊勢
特進コースの社会科教師。毎週火曜日、咲恵の勉強を見ている。
麹谷 卓実
特進コースの男子生徒。本作の主人公。
本文
夏期講習も残り数日。
今朝、メッセージを送ったのに、返信はまだない。
彼女は携帯電話を見ていなかったのかもしれない。
忙しくて、つい、返しそびれたのかもしれない。
そういうことは、これまでもあった。
講習が終わってすぐに教室に行くと、彼女は居なかった。校舎が違うから、こういうこともある。
別に用事はない。
昨日の今日だけれど、顔を見たくて、つい誘った。
「千葉さんって、もう帰っちゃったよね?」
彼女のクラスメートで顔見知りの女子に話しかけて聞いた。
「サッキー? 居たっけ?」
咲恵だから、サッキーと呼ばれているらしい。ちなみに、この子はなっちゃん。
なっちゃんの彼氏と俺は同じ中学校の出身で、テニス部員同士だった。苗字が「夏岬」だから、なっちゃんと呼ばせてもらっている。
なっちゃんはまだ残っていたクラスメートから、咲恵が来ていたことを聞き出した。
「来てたってことは帰ったんじゃない?」
「あのさ、明日、千葉さんに俺が来てたって伝えておいてくれない?」
「覚えていればね」
その日、咲恵からの返信はなかった。
次の日。相変わらず、咲恵からの連絡はない。
なっちゃんは伝言をしておいてくれたのだろうか。
「調子どう?」
慌てて進学コースの教室に向かおうとしたら、伊勢先生に呼び止められた。
その漠然とした質問に、俺はつい、ため息をつきそうになる。
伊勢先生は進んで雑談をするタイプではない。どうしてこんなに急いでいる日に限って、先生の方から話しかけてくるのだろうか。
「勉強なら、今のところは平気です」
早く切り上げたくてそんな言い方をした。
でも、咲恵にメッセージを送る口実ができたと思えば悪くない。
今から急いで追いかけるより、そっちのほうが有益だろう。
講習期間中、彼女は伊勢先生に話しかけたりしない。
軽く話しかけるくらいは良い気もするけれど、咲恵曰く、忙しい先生の負担になりたくないのだと言う。
だから、今の彼女は、伊勢先生の名前を出すだけで簡単に釣れるはずだ。
とは言え、俺と先生では話題がなかった。
ここで天気の話をするわけにもいかない。
先に話したのは先生だった。
「千葉さん、今日は元気だった?」
「わからないです。昨日と今日、会ってないので」
なぜ、俺に訊く?
「実は、一昨日、千葉さんがあまり体調が良くなかったみたいで、ぼくが家まで送ることになったんだ」
「えっ、咲恵、具合悪かったんですか?」
返信がないと思ったら、体調が悪かったのか。
一昨日はこの近くで花火大会があったから、生徒はなるべく早く帰されたはずだ。
交通機関が混雑して、生徒に危険が及ばないよう、そうしている。
自力で帰れないなんて、相当キツかったのだろう。
それも気になるけれど、伊勢先生の車で帰った?
先生と二人きりになったのか。
もちろん、伊勢先生は生徒に手を出したりしない。
頼まれて、仕方なく咲恵を送ったにすぎない。
具合が悪かったのなら、俺にも、そう言ってくれたら良かったのに。
咲恵が一言でも添えてくれたら、何かしら、力になれたかもしれない。
小さな針がゆっくり心臓を刺激してくる心地がする。
だいたい、一昨日の花火大会だって本当は咲恵と行きたかった。
でも、先に友達に誘われたから、ついOKした。
きっと、咲恵は花火大会とか人の多いところは苦手だから、花火は見ないだろうと思った。本当にすごい混みようだから。
でも、帰り際に少しは興味を持ってくれたら、すぐにでも他の誘いを断って、一緒に見に行くつもりだった。嘘じゃない。
小樽の時と同じく、いやそれ以上に、しっかりと腕を掴んで、危なっかしい時は支えただろう。
――話はそれだけ? もう友達のところ、戻ったら?
花火の話題を出しただけで、彼女はそう言った。
機嫌が悪いのかなと思ったから、誘うのはやめた。
そのあとに教室の外から友達に早く来るように催促されて、退散しようとしたら、彼女はこう言った。
――今までありがとう。だから、バイバイ。
ただの挨拶だと思った。
だって、俺たちはもうすぐ付き合うんだから。
まだ、言葉にしていないだけ、そうでしょう?
小樽でデートをしたし、手を繋いで、くっついて一緒に自撮りもした。後夜祭のあとに、キスもした。
今まで通りに過ごせていたということは、少なくとも俺のことは嫌いではないはず。
じゃあ、どうしてこんなに不安なのだろう。
さっきまで心臓をつついていた小さかった針が、急に抉ってくるようだ。
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