2010年代アイスランドのラップ音楽10+α曲
おそらく、世界初の民選の国家元首(女性大統領)として称揚されている、ヴィグディス・フィンボガドゥティル第4代大統領の名でも知られているであろう北欧の国家、アイスランド共和国の公用語と言えば、アイスランド語ですが、このアイスランド語は現在話者が世界で35万人程度で、中長期的には消滅してしまうのではないかと危ぶまれる言語の一つであるようです。
ということで、本記事ではアイスランド語の「寿命を伸ばす」試みに便乗して、幾つかアイスランドのラップ音楽を紹介したいと思います。もっとも「アイスランド語」なる日語への関心が日語使用者内で増大するとしてそれがÍslenskaという自然言語や、この自然言語になじみ深さや愛着を抱く人々の増減に対しどのように寄与するのかは明言できません。とはいえこうしたリンクの増加が、よい帰結につながればと思ってこの記事を書いています。
また、ご興味ある方は以下の英語記事もご参照いただければ(私も楽曲を探す際に参考にした記事で、紹介ラッパーも、何名か重複しました)。
なお本記事で紹介する10+α曲は何らかのランキングというわけではありません。ただ自分の耳目をよく触発したものを並べました。とはいえ、音のつくり方に関して私は稚拙な語彙しか持たないため、周辺情報や印象ばかり書いてしまったきらいもあります。ラップその他の用語、音楽学用語、それ以外でも、何か看過しがたい事実誤認や不適切な表現などありましたら後学のためにもご教示いただけますと幸いです。
1.Ljúfur Ljúfur『A-A-A (Orðbragðslagið)』2016年
2011年にデビューしたラップデュオ、Úlfur Úlfurの曲です(メンバーはArnar Freyr FrostasonとHelgi Sæmundur Guðmundsson)。Ljúfur Ljúfurというのは自グループのサイド・セルフ(?)名とのことです。この曲だとFrostasonがほぼメインなので、それで使い分けているのかもしれません。アイスランド語の文字を、A,B,C…と(あらかた)挙げながら、単語を並べ立ててていく荒々しげな構成の歌詞になっています。挙げる単語も、例えば、アディダス、アンチ(反)キリスト、(リチャード・)ニクソン、などなど、ごたまぜで荒っぽい感じがします。間歇的に挟まるノイズに支えられてゆったりした感触をもたらすトラックと上擦ったようなコミカルな入りの歌声と歌詞や映像の物騒さ(十字架を担ぎ荊冠をした黒人を車に乗せるなど)が奇妙な印象を残すMVでした。
2.JóiPé x KRÓLI『B.O.B.A』2017年
JóiPé x KRÓLIは2017年に登場し、音楽ストリーミングサービスSpotify(運営の本社はスウェーデン)で流行したラップ・デュオ(当時17,18歳)です。 KRÓLIは、現アイスランド大統領(2016‐)、グズニ・ヨハンネソンの甥にあたります(父はハンドボール選手として知られたパトレクール・ヨハンネソン)。題の「B.O.B.A」は爆弾(Bomba)の言い間違いで、アイスランド国内で大物歌手として知られるBubbi Morthensの2002年のエピソードに由来するようです。歌の切れ目ごとに声を裏返すKRÓLIのラップと相対的に低くて落ち着いたJóiPéの、いずれにせよティーンエイジャー感の滲む一曲に私は感じました。
3.Aron Can『Enginn Mórall/Grunaður』2016年
1999年生まれのラッパー、Aron Canの曲です。音の面で、私の耳には、この『Enginn Mórall』が『B.O.B.A』の下敷きであるように感じました。もちろんOG Maco『U Guessed It』(2014年)や Keith Ape『It G Ma』(2015年)の発表に前後してトラップ系のMVが各地域で発表されていっていたわけで、重低音ビートや、ラッパーの身体や風景画像のバグる映像が、個人的にはいかにもそれっぽいという印象をもたらしますが(バグる画像や重低音ビートの先駆としてKanye West『BLKKK SKKKN HEAD』2013年とかに遡りもするのかと思いますが)、この『Enginn Mórall/Grunaður』の場合、一つの道の行きと帰りで2曲続ける撮り方や、画面にせよ音声にせよ、どこかぐにゃぐにゃとした、切れ間のない変な流れの感触が、特徴的な気もします。Aron Canは2018年にソニー・ミュージックエンタテインメントと契約しました。
4.Gabríel ft. Krummi & Opee『Gimsteinar』2013年
Gabríelは本名不明の覆面ラッパーです。おそらくアイスランド音楽を聴く人なら誰がGabríelかはわかるようです。この曲にはLegend(インダストリアルメタルバンド)の メンバーKrummi BjörgvinssonとラッパーのOpeeが参加しています(日本ではQuarashi『Mess it up ft. Opee』2003年が知られるか)。この曲はラップ部分のくぐもった弦と耳障りにも感じる不協和な電子音が、エモいコーラス部分となぜかマッチしていてるように感じられる一曲です。
5.Reykjavíkurdætur『Fiesta』2014年
グループ名Reykjavíkurdætur、訳すると「レイキャビクの娘たち」となる、女性だけのヒップホップ・バンドです。2013年に結成され現在まで活動しています。大別すれば、どこか民俗音楽めいたトラックに乗せたサイファー風のラップ部分とコーラス部分から曲は構成されていますが、最初そして二度目のコーラスはどこかJポップアイドルのダンスのようだし、またオオカミの遠吠えめいた声に引き続く最後のコーラスの映像は、私にはアン・ルイス『あゝ無情』(1986年)のサビの部分の映像を想起させましたが、蛍光塗料の「ケバさ」のある華やぎに満ちてあり、たのしい気持ちになるMVでした。
6.Emmsjé Gauti『Hemmi Gunn ft. Blazroca』2011年
1989年生のラッパーで名前は〈MC・ガウディ〉を意味するようです。客演のBlaz Roca(1977-)はアイスランドの〈ラップの父〉とも評されるようです。タイトルはアイスランドの元アスリートで後年のTV司会者などとしても名を馳せたHermann Gunnarsson(1946‐2013)の愛称のようです。繰り返されるサイレンめいた音が特徴的なトラックや、ラップとともに、大小さまざまな規模の宴会の場で暴れては制圧しようとする周りと小競り合いする、という映像が私には印象的なMVで、かすかに、contact Gonzoなどのコンタクト・インプロヴィゼーションのことを想起させるものでした(技斗の方が近い?)。
7.CYBER『PSYCHO feat. countess malaise』2017年
CYBERは上で紹介したReykjavíkurdæturから派生したグループで〈パンク―ロックースラッシュ―メタル―ディスコ〉を志向していた2名にもう1名が加わりできたラップ・トリオだということです。Countess Malaise(マレーズ伯爵夫人)は2015年頃から活動しており、ホラー的な雰囲気のラップなどを発表しています(米ラッパーだと、ゼブラ・カッツとかブルック・キャンディの幾つかの曲を想起しました)。ドライブスルーの注文に対応できずひっどいファストフードを提供したバイトと思しき2名が激昂した客(皆ディバインかと思うようなドラァグ風の身なり)になじられ、店長役かと思しきCountess Malaiseにクビにされる、という寸劇が、むせかえるような声色のコーラスと苛立ちキレ気味な表情で紡がれるラップを伴って展開されるMVです。
8.Ragga Holm ft. Kilo『Hvað Finnst Þér Um Það?』2017年
Ragga HolmはReykjavíkurdæturのメンバーです。Kiloは2012年頃からソロで活動しているラッパーのようで、逆にRagga Holmが客演したKiloの曲として『I Don´t Play』(2018)があります。どことなくベトナムのSuboi『Đời』(2016年)のようなオリエンタル感を感じる曲でした。調度品の飾られた部屋、顔の見切れた執事風の人物など、どことなく館もの風のフレーバーがある映像に思われ、この風味を感じる一群のMVというものを同定したくなりました。
9.GKR『JAFNVÆGI』2019年
1994年生のラッパーです。一画期をつくったMV『MORGUNMATUR』(2015年)はビジュアル面でも話題になったようです。同年になされた記事によれば( https://www.vice.com/en_us/article/rq4n4w/meet-gkrthe-kid-wholl-make-you-care-about-icelandic-hip-hop )、大学で視覚芸術を専攻しようとしたり(断念したらしいですが)、精神に障害のある子供たちのためのバイトを週5でやったりしていたらしいです(なお『JAFNVÆGI』の画像はJóiPé作でした)。不安になる上にピッチが下がったりするピアノや、嗄れたシャウトなどと、不穏なトラックで、不穏なラップでした。
10.UNICEF á Íslandi『Skólarapp』2017年(←1995年)
アイスランドのラッパー21名が、アイスランドのユニセフによるチャリティイベント(「レッド・ノーズ・デイ」。発祥はイギリスの慈善団体コミック・リリーフで1985年)に寄せて参加したMVです。1995年に発表されたアイスランドのジュニアアイドルたちの曲『Skólarapp』(現俳優のÞorvaldur Davíð Kristjánsson(1983‐)と現ラジオ局勤務のSara Dís Hjaltested(1986-)が歌う)の、リミックスバージョンの曲で、原曲の二人も教師役で登場します。
番外.Quarashi『Chicago』2016年
アイスランドのラップコアバンドとしてはおそらく日本で一番有名らしいQuarashiですが、バンドのチャンネルを見る限り、アイスランド語のMVが紹介できなさそうなので、番外としました。2005年に解散後、5人のフルメンバーが再結成して発表したのがこの『Chicago』だったようです。私は、トラップが流行り出す頃にラップ音楽をよく聴くようになっていたので、耳の好みが(拙いなりに)どうしてもトラップ寄りになっている感じがします。ただ、それを除いても、この曲は妙に記憶に残りました。
書いてみて、自分の視聴や記述に反省も多くなりましたが、ともあれこの記事が、MVを渉猟しようとするひとのたすけになればと思います。なお、GKRとReykjavíkurdæturについて、日語で読めるネット上の記事のリンクを貼って、結びに代えます。
以上.