寿司・記号・思考停止(2021年)

記事の大部分は2021年に書かれた。noteの仕様上、いくらでも後から加筆修正が可能だが、開始日時が2021年であったと信じてもらえたらさいわいだ。

画像もいくらでも加工できるので信じてもらえるかわからないが下書き時の画像。2021年9月2日。

/////////////以下は2021年に執筆された。/////////////

最近視聴したMVの記録と雑感(視聴したMVの話08)。前回は以下。

以下の記事を読んでいて、話の本筋ではなかったのだが、急に寿司のことが気になってきた。

なお、この記事ReiRain「『ライティングの哲学』を実践して拡張するーーHIP HOP・デザイン・にじさんじ(フミ様・町田ちまさん)」の本筋は千葉雅也・山内朋樹 ・読書猿・瀬下翔太の共著『ライティングの哲学』への応答であって、『ライティングの哲学』を読んで心打たれたなら「次に行われるべきは、この本を読んだ人々による変奏だろうと思う」というのはその通りだと思った。「ライティングそのものというより、文字と音楽やデザイン、にじさんじ(動画)の関係性を考えたい」との主筋にも刺激を受けた。おそらく私の記事もリアクションへのリアクションだが、主筋よりはディティルから別の話を始めるような形なので、応答というよりは連鎖反応に近しい。

この記事では以下の2曲が引用されている。

RIP SLYME『JOINT』2003

ORANGE RANGE『SUSHI食べたい feat.ソイソース』2015

そして記事の書き手ReiRainにより、こう評されている。

もちろん、その「究極的には言いたいこと」への収斂に抗うことはできる。何かに一家言ある向きは、ふたつの音楽グループとかこれらのMVのつくりに関して語りうることを、色々と思いつきもするだろう。だが、ここで私がこだわりたいのは、確かにこれらに体現されている「この二つの曲、究極的には言いたいことは「寿司が食べたい」だけである」と言わしめるほかないような質感を、どのように語りうるか、ということである。私は年来、ナンセンスないしは論議無用なもののことが気になっていて、


シブがき隊『スシ食いねェ!/ Performed by Travis Japan』2021(1986)


NICEGUY人『Hai, Irasshai』2003


バンバンバザール 回れトロイカ


VIVALDIANNO @ O2 Arena Prague 2015


/////////////以上は2021年に執筆された。/////////////

この記事を書き進められなかった理由はいろいろ考えられる。ミクロな理由で言えば当時のライフスタイルの都合とか、私の筆不精とか。要するに何かしらで忙しくなって書き上げるタイミングを逃し、そのうち書き進めるのが億劫になった、と説明できそうではある。

ただ、それと別に、今になって思うのが、こういうネタで何か書こうとしたら、現今の状況下では違う書き方をせざるを得ないだろうな、ということ。

何が念頭にあるか書くとそれはもう別の記事になってしまうので、簡便さの点から記事を掲げておく(今はひとまず)。

上は2022年記事

上は2023年記事

こうした報道と、リアルな事実とに、カルチャーっぽい何かの事柄で感じたり思ったりしたことをブログ記事などで書きたい人間がどう向き合うべきであり、どういう姿勢や生き様で応答すればいいのか、一般論は気安くは出せないかもしれず、自問する仕方でさえ、これでいいのかは疑わしいが、でも頭の中では考え続けないとなと感じている。具体的に書くというのは、一線をこえて、きちんと発言することであり、賭けないし勝負に出るということだから、いつかやらなければいけないのだが、周りの顔色を見たり空気を読んでやることでもないので、己の中で機が熟したら取り組みたい。(了)

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