海賊が出ると噂の「マレーシア・サンダカン」にテングザルを見に行ったら、大男に出会った話
「テングザルを見に行きたいんだけど、海賊が出るんだってさ…どうする?」
そう言って、彼女は僕にマレーシア旅行のガイドブックを見せてきた。
マレーシア旅行の計画を練っている最中だった。2人で行ってみたいところを何都市か、ピックアップしていた。
クアラルンプールは確定。あの、ガクト様が住んでいる、「日本人が住みたい都市ランキング」上位のクアラルンプールだ。絶対に行きたい。違いの分かる男になりたい。
そして、次点で候補に挙がってきたのが「サンダカン」。位置する場所は、ボルネオ島だ。
実はマレーシアは、マレー半島とボルネオ島の2つに分かれている。2つの島が離れたところに位置している。
大都市クアラルンプールは、マレー半島側に鎮座している。それに対しサンダカンは、ボルネオ島側。
東京と沖縄のようなイメージだろうか。
サンダカンは、人口40万人ほどの小さな都市(クアラルンプールは180万人)。大自然と、静かに流れる時間が最大の売り。スローライフという言葉がピッタリだ。広大な森の中に、オランウータン保護区、テングザル保護区などがある。
彼女が見に行きたがっている「テングザル」という生き物は、天狗のような大きな鼻を持つ”絶滅危惧種”。それでいて、マレーシアのボルネオ島にしか生息していない固有種らしい。
絶滅危惧種、そこでしか見られない固有種。そう聞くと、俄然、見てみたくなった。しかし、さっき彼女が言っていた言葉がひっかかる。
「テングザルを見に行きたいんだけど、”海賊”が出るんだってさ」
いやいや、ちょっと待って…海賊?
海賊って、現代にいたの?絶滅したんじゃないの?
動揺しつつ「それって、どこ情報なの?」と聞き返すと、彼女が出してきたのは、外務省のホームページだった。
そこにはこう書いてある。
海賊事件、身代金目的の外国人誘拐等が発生している。
絶滅してほしい海賊に会うリスクか、絶滅してほしくないテングザルに会うワクワクか…。悩みに悩んだ結果、物珍しい体験が好きな僕たちは、行き先リストに「サンダカン(ラブックベイ テングザル保護区)」と書き足した。
行ってみた感想を先に書いておくと、ここは「リアルどうぶつの森」状態だった。野生動物と共存し、自然を守ろうとしている素晴らしいまちだった。
ここからは、サンダカンでの出来事を書いていく。
サンダカンに行くには、まずボルネオ島に入らなくちゃならない。クアラルンプールの空港を飛び立ち、ボルネオ島に入る。「コタキナバル」というボルネオ島最大の都市を経由し、国内線を乗り継ぎ、サンダカン空港に到着した。
見たこともない航空会社の、背もたれが直角で、座席のシートがぽろぽろ剥がれかけた飛行機にのって、ガタガタガタガタっと不安げに着陸した。
空港のまわりには、アブラヤシが無限に生えている。そして、異様に天井が高い。全体のつくりはかなり質素。
飾りにテンションが上がらなすぎて、逆に撮りたくなる感じの顔ハメスポットがあった。
この赤い物体だけが、ようこそ感を演出している。
見渡す限り、人が少なすぎる。もう、ガラガラ中のガラガラだ。
人がいたとしても、職員の方々だし、ジロジロ見られている感じがする。こんなことはめったにないので、ひとまず、彼女はY字バランスをキメた。
飛行機ガタガタ、空港ガラガラ、汗ダラダラ、職員ジロジロ。これはもう、隣接しているカフェに避難するしかない。やたらお洒落なクールカフェの中で、移動の作戦を練る。
まず、公共交通機関は頼りにできない。バスは時間通りにくるかわからないし、タクシーはぼったくりがこわい。あと、海賊が乗ってたらおしまいなんだよ、とにかく。
日帰りでサンダカン空港から飛ばなくちゃいけない日程だったので、時間がキチキチだった。土地が広すぎるので、車は必須だ。
色々考えていると腹が減ったので、軽食をとった。全部甘い。あっまあまの、あっまあまである。
作戦会議の結果、彼女が「Grab」という配車サービスアプリを使って、ドライバーを手配してくれた。簡単に言うと、「Uber」の東南アジア版。
実績と顔写真がわかる”Grab認定ドライバー”が目的地まで送迎してくれるサービス。これが超便利。料金も先払いできる。クレジット連携すれば、財布を出す必要すらない。これなら、ぼったくられないし、安心だ。
海賊以外の心配ごとは、極力減らしたい。僕らがいる空港の近くを走っていたラムリさんが迎えに来てくれることになった。
冷房ガンガンのクールカフェの中で待つこと数分。
彼女のスマホに、ラムリさんからメッセージがきた。「着いたよ!」
ガラス越しに、アプリの顔写真と照らし合わせて、ラムリさんだとすぐにわかった。車外からでもわかる音量で、ご機嫌なミュージックを聴いている。
大きい車のドアを開けると、大男が運転席に「ドデーン」と座って、こちらに巨大スマイルで笑っている。あれ?「スマイルください」って、メッセージ書いてたっけ…
海外×大男×満面の笑み。
本当にいい人なのか、本当はなにか隠しているのか。海外で、やたら笑顔の人には警戒したほうがいい、という話も聞くので、警戒モードになってしまう。
「どこ行く?」
ラムリさんが聞いてくる。(実際には英語だが、わかりにくくなるので日本語で書く。)
「セピロック(オランウータン保護区)とラブックベイ(テングザル保護区)です。」
僕らはそう答えた。
「いいね~~~、うんイイネ」
上機嫌にラムリさんがうなづく。
ん?全然悪い人じゃなさそうだな…警戒心がほどけていく。ちょっと怖がりすぎてたか。車内にいれば、海賊に出くわさないし、もう大丈夫だな。そう思っていると、ラムリさんがカーオーディオで電話を始めた。
なんだ、なんだ?なにかまずいことでも言ってしまったのか?仲間に電話して、日本人カップルからお金を取ろうとしているのか…?まさか海賊とグル?
なんてことを思っていると、ラムリさんがこう言ってきた。
「友達に聞いたら、セピロック(オランウータン)いってから、ラブックベイ(テングザル)行くほうがいいらしいよ、時間的に。うん、エサやりとかも見たいでしょ?」
うわ、なんてこった、即座にそんな電話までしてくれて…優しすぎるじゃないか。勝手に怖く見えていただけだったんだ、このひと。
「おすすめで!はい、それでお願いします!」
ラムリさんのオリジナルツアーを楽しむことにした。
オランウータン保護区に連れて行ってもらった。結果は、1匹しかまともに見られず、ほぼ森林を見るだけの時間になってしまった。本番はテングザルだから、まあまあ…
気を取り直して、目的地「ラブックベイ」に向かう。ようやくテングザルに会える。
車内では、ラムリさんのおしゃべりがとまらない。
人をもてなすことと、サンダカンのまちが心から好きなんだろうな。そう思わせる表情を、この人はよくする。
「日本から来たんだよね?」
「そうです!」
「俺、日本大好きなんだよ」
「お、本当ですか?うれしいです!」
マレーシアは、親日家が多いといわれているが、この人はマジもんだった。
「日本、マジで好きなんだよ!日本の漫画もかなり読んできたんだ。ナルト、ドラゴンボール、AKIRA、ドラえもん、ポケモン、それからワンピースね。ほんと最高」
螺旋丸も、元気玉も、リザードンも知っている。
日本人の僕よりも、日本の漫画にくわしいかもしれない。テンションが上がりきったラムリさんは、ご機嫌なミュージックを日本仕様に切り替える。
「ほらほら、これ聴いたことあるだろ?最高だよね」
流したのは、FLOWの「GO!!!」だった。ナルトのオープニングテーマの。
こんな離れたところで、「ライヒア!ライナウ!バーン!」と歌えるなんて。しかも外国の方と、同じ熱量で。Japanese Manga の力は偉大だと思う。
漫画さえ知っていれば、あとは日本人というアイデンティティだけ持っていれば盛り上がれる。どこの国にもオタクはいるんだ。
車内では、ワンピースのオープニングテーマ「ウィーアー!」も流れた。海賊にビビりまくっていた僕が、まさか”海賊”という共通言語で盛り上がるなんて、夢にも思わなかった。一緒にありったけの夢をかき集め、探し物を探しにいった。
そうこうしているうちに、ラブックベイに着いた。狙っていたエサやりの時間にドンピシャだった。
間近で、生で見るテングザル。どこか哀愁が漂っていて、かわいくもあり、切なくもあった。
他のサルは果物が主食で、テングザルはその辺の草や葉を適当に食べる。他のサルと争わないようにするためだ。テリトリー自体を分けることで、戦わず平和に暮らす。万が一、出くわした場合は絶対に敵に居場所を譲るらしい。
そりゃ、絶滅危惧種になっちゃうよなあ。
なんて優しいサルなんだ、テングザルよ…
平和主義者として進化したそのボディは、消化のため、胃の容積が大きい。おなかが大きく出ていて、中年のおじさんのようだった。一日のうち、三時間ほどしかまともに動かないその姿は、日曜日のお父さんである。
彼女とふたりでテングザルに夢中になっていると、後ろからラムリさんが「写真撮るよ」と言ってくれた。別に入場料払ってまで、ここまで来なくてもよかったんですよ?なのに、ああ…泣ける
なんて優しい人間なんだ、ラムリさんよ…
「おいしいお店知ってるから、そこでいいなら案内するよ。」
ラムリさんのスペシャルツアーには、ランチタイムもきっちり含まれていた。
もちろん、連れていってもらう。こうなったら、とことん乗っかる。信じてみる。
大自然に囲まれた、誰もいないカフェでランチ。YouTubeの「【作業用】癒される森の映像、1時間ver」みたいな風景だ。ブルーライトがないぶん、目に優しい。
ここで出された料理が、うまくてたまらなかった。
料理→塩焼きそばみたいなやつと、カレー。
ラムリさんの信頼度がますます増す。好感度アップが止まらない。
ランチのあとも、マレーグマを見られる場所に連れて行ってくれた。至れり尽くせりだ。
「サンダカン、いいところだっただろ?」
満足気に語りながら、空港まで送迎してくれるラムリさん。
「めちゃくちゃ良かったです。最高に楽しみました、サンダカン」
たった1日だが、別れが名残惜しいほど、魅力的な人だった。
「この曲、マレーシアのラジオで1位をとったこともあるんだ。知ってるかな?」
ラムリさんがそう言うと、アニメソングばかりだった車内に、ピアノイントロが流れる。
「ほら 足元を見てごらん これが あなたの 歩む道」
Kiroroの「未来へ」だ。マレーシアのラジオでは、よく流れる定番ソングらしい。沖縄の女性アーティストの曲が、マレーシアのボルネオ島で流れる。
今ここで聞くために作ってくれた歌のように感じた。
今日一日を振り返って、一緒に笑って歩んでくれたラムリさんのことを思うと感動した。
ラムリさんは家族の都合で、クアラルンプールからサンダカンに移住してきて、「あっちは忙しすぎて、こっちの方がいいんだ」と言っていた。
"これがあなたの歩む道"なんですね、天職ですよ。そう思ったが、上手いこと伝える英語力がなくて、無理だった。いろんな想いが込み上げた。
空港に着くと、今日1番の笑顔でラムリさんがこう言った。
「本当楽しかったね、今日は!じゃ最後に"ファイブスター"つけてくれたら嬉しいな。よろしくね!」
ファイブスターとは、配車アプリGrabの評価のことだ。5段階評価で、五つ星が最上級のドライバーということになる。
いい思い出もできたし、文句なしのファイブスターをつけた。
「身代金目的で外国人を誘拐する海賊」がいる、ということに怯えていたが、実際はちがった。
僕らは「高評価目的で外国人を連れ回す、海賊漫画好きな男性」に出会った。
《関連記事》
マレーシアで発見した「へんてこな日本語」を使うブランドについて書きました。↓