「離婚後時間がたってから旧姓に戻る」という選択肢
転職を間近に控えたお盆休み、ずっと心に引っかかっていたことを片付けた。
それは姓を旧姓に戻すということだ。
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そもそも、結婚の際に姓を変えた人(多くの場合は女性だと思う)は、離婚にあたって旧姓に戻ることが原則である。しかし、仕事上で不便がある場合や、子どもの事情を考慮して不都合だと判断した場合等には、婚姻中の姓を名乗り続けるという選択をすることもできる。
私の場合は昨年の12月に離婚手続きをしたのだが、その際に婚姻中の姓を名乗ることをいったん選択している。
元夫の姓に愛着があった訳ではない。私達には子どもはいないから、子どもの姓の問題があった訳でもない。
ただ私は暴力からの逃走生活と離婚にまつわる諸々に疲れ切っていて体調も優れず、そのタイミングで姓が変わることに伴う様々な手続きをこなし、勤め先を始めとするいろいろな関係者への説明責任を果たすだけの気力がなかったのだ。身体が元気になり心が安らかになった頃、そして転職先が見つかってから姓を旧姓に戻そう、そう思っていた。
離婚後、時間がたってから姓を旧姓に戻すには、「氏の変更」の手続きをふむ必要がある。この手続きはやむを得ない事情がある場合に家庭裁判所の許可を得て戸籍上の氏を変更するものである。「やむを得ない事情」とは「氏の変更をしないとその人の社会生活において著しい支障をきたす場合」と説明されている。
この「やむを得ない事情」というフレーズの解釈が難しい。「離婚後に旧姓に戻りたい」というのはやむを得ない事情にあたるのか否か。インターネット上には「離婚時に婚姻中の姓を名乗り続けることを選択した場合、姓を旧姓に戻すことは著しく困難」といった情報も少なくない。
離婚時の姓の選択にあたって私の心は大きく揺らいだ。やはりどうしても離婚のタイミングで旧姓への改姓に関わる煩雑な手続きをやりきらなくてはならないのだろうか。ここで婚姻中の姓を選択して、その後万が一旧姓に戻る許可が得られなかったら、暴力の記憶の貼りついた元夫の姓を一生名乗り続けなくてはならない。
消耗しきっていた私に弁護士の先生はこう言ってくれた。
「旧姓に戻るというのは、氏の変更の中でも最も認められやすいものの一つです。きっと変更は認められますから大丈夫です」
そして先生の言葉は真実だった。氏の変更の手続きにあたっても先生は私のことをとても丁寧にサポートしてくれた。「やむを得ない事情」を説明する書類をまとめ、1か月ほどで何の滞りもなしに裁判所の許可をとりつけてくれた。
裁判所の審判確定証明書と戸籍謄本を手にして現住所の役所に赴き、改姓の手続きはつつがなく完了した。
旧姓で発行された住民票を見て思った。
「私の離婚はこれでようやく終わったのだ」
そして胸の奥から安堵の気持ちがゆっくり広がってくるのを感じた。
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「離婚時の姓の選択は慎重であるべきだ。後で再び改姓するなどと軽々しく考えるべきでない」
そういった意見ももっともだと思う。氏名は個人のアイデンティティを背負うものであり、社会的な責任を表すものでもある。簡単に変更することを良しとするべきものではない。
それでも、と私は思う。離婚は精神と身体に大きな負担をもたらすものだ。ましてやそれがDVやモラルハラスメントに起因するものであれば、その負担はさらに大きなものになる。そんな中で姓を変更するタイミングを自分でコントロールすることができれば、少しだけその負担を軽くすることもできる。
多くの場合、離婚にあたって姓の問題に直面するのは女性だけだ。離婚しようとする女性にとって「離婚後時間がたってから旧姓に戻る」という選択肢が存在することは、自分の人生を自ら選び取って切り拓くための一助になるように思う。
「子どもが学校を卒業するまでは婚姻中の姓を使いたい」
「ビジネス上で定着している婚姻中の姓をしばらくは使いたい」
「でもやっぱりいつかは旧姓にもどりたい」
いろいろな想いがあると思う。「離婚後時間がたってから旧姓に戻る」という選択肢があるというのは、その想いを諦める必要がないということだ。
一人で再スタートを切ろうとしている女性に伝えたい。
離婚にあたってはいろいろ手放さなくはならないものが多いけれど、それでも自分自身でコントロールできるものもいくらかはある。自分の想いや希望を簡単に諦める必要はない。自分自身で自分の人生の舵をとって進んでいこう。
(追記)
ケースによって事情は様々に異なると思うので、氏の変更の可否や手続きの進め方については事前に弁護士さんなどの専門家と十分に相談して下さいね。