無口な読書家
シリーズ
コーヒーと過ごすひと
ゲストファイル
no.1 無口な読書家
自転車を漕いでいる、もしくは押している
そういうわけでもないのに、
ヘルメットを被っているゲストがいる。
自転車走行時のヘルメット装着率が
全国最低の、ここ、新潟市で。
大抵、緑色のTシャツを着ている。
「えぇ〜っと。ホットコーヒーください」
彼の、それ以外の言葉を聞いたことがない。
paypayの画面で正しい金額なのを見せ、
支払いを済ませると、
すぐにいつもの定位置に座って、本をひらく。
できたコーヒーを持っていくと、
本に落とした目だけ、こちらに向け、
曲がった首をさらに曲げて会釈をする。
元来口数は最小限だろうから、
こちらも、いただきます、や、
ありがとうございますなどの、
感謝の言葉は彼には求めていない。
コミュニケーションは全くないから、
自分の淹れたコーヒーが、
彼の味覚にフィットしているのか、
読書の相方として収まりが良いのか、
露ほどもわからない。
彼も、特別満足そうな顔をして
定位置を後にしているわけでもない。
しかし、彼はおおよそ1週間後も必ず来る。
そのときも、謎は謎のままにして、
彼の、何かのために、またコーヒーを淹れる。