環境保護に関心を持つ一般市民が今回の北大防衛省研究助成辞退に賛成してはいけない理由

概要

北大が防衛省からの研究助成を辞退したというニュースが流れてきた.この件について,対象となった研究(当該研究と略す)の詳細を知らずにこの件に賛成することは,環境保護の観点からマイナスでしかない.

当該研究は何がすごいのか

対象となった研究の一部は,クローズアップ現代でも特集されている.「泡を使い,抵抗を減らす研究」と紹介されていたが,この研究が実用化されると,環境保護,具体的には温室効果ガス排出削減の観点から非常に大きなインパクトがある.

この研究は,大まかに船体抵抗低減という分類であり,船体の底部に気泡を注入して,船舶の摩擦抵抗を大幅に減らすための研究である.

気泡によって摩擦が減ることは昔から知られていた.この現象が観察された時代は,水の電気分解を使って水素気泡を発生させていたため,測定機器が電気分解の影響を受けているのだろうと思われていた.しかし,色々と調べられた結果,どうやら気泡を入れると摩擦が減ることは事実だとわかり,船体抵抗低減への応用が試みられるようになった.

気泡を船体の底面に入れようにも,船舶には気泡発生装置は付いていない.そのため,後付けで気泡発生装置を付ける事になる.このとき考えなければならないことは,新たに装置を付けて気泡を継続的に送りこむエネルギーと,摩擦抵抗が減った結果として減るエネルギー消費量のバランスである.気泡を送り込むエネルギーの方が大きいなら,全く省エネにならない.

対象となった研究は,気泡を船底に送り込むためにエネルギーを必要としない.船底に翼を設置し,その上に船体を貫通する穴を空ける.船舶が進むと,翼の上の圧力が低くなり,自然と空気が引き込まれるという仕組みだ.

つまり,今まで世界中の企業や大学が,どのように気泡を入れれば気泡注入のコストに見合う摩擦抵抗低減効果が得られるのかと試行錯誤しているところに,気泡注入のコストをさらっと0にしてしまったのだ.(正確には,小型船舶にしか適用できなかった技術を大型船に適用した.)

当該研究が与えるインパクト

船体が受ける抵抗は造波抵抗や摩擦抵抗が大半であり,造波抵抗は船体の形を工夫することで減らすことができるが,摩擦抵抗を減らすことは非常に難しかった.

特に石油タンカーのような扁平で大型の船体が受ける抵抗は,摩擦抵抗の割合が非常に大きく,その摩擦抵抗に打ち勝つために石油を燃やしながら石油を運ぶという馬鹿げた状況である.

その期間は非常に長期に渡るため,僅かでも摩擦抵抗が減ることのインパクトは極めて大きい(正確ではないけれど,数%摩擦抵抗を低減できれば,1回の航行で自動車数千台のCO2年間排出量が削減できると聞いたように記憶している).とにかく,我々がエアコンの使用頻度を下げるとか,電気をこまめに消すとかいう程度ではまったく太刀打ちができないほどのCO2排出削減が可能になる.

また,石油タンカーの省エネが達成できれば,1度に輸送できる石油の量も増える.これは海運会社の収益改善に繋がり,結果的に石油が値下がりして我々の生活が楽なるかも知れない.

当該研究は軍事研究ではない

私は当事者ではないので,いつ頃からこの研究が行われていたかは知らないが,2009年にはNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)からニュースリリースが出されている.

ニュースリリース中では,対象を「タンカーなどの大型船舶」と言い切っているし,通年試験を共に行ったランドエンジニアリング社は民間企業だ.

10年ほど前から既に存在している技術であって,今回軍事研究を行うために始められたわけではないことは明白である.

それどころか,(兵器を開発するための資金援助と信じて止まない人がいる)防衛省の研究助成を使って環境保護(温室効果ガス排出削減)に繋がる研究を行っていることになる.戦争のためのお金を平和利用をしていることを意味する.汚職大名や悪代官の財産を貧しい者に分け与える鼠小僧の義賊伝説ではないか.

当該研究が非難の対象となる理由は何もない.非難の対象となるのは,この研究助成を辞退した北大である.温室効果ガス排出削減が加速するチャンスを潰したのは北大である.軍事研究は肯定しないが,この研究を辞退する必要がどこにあっただろうか?

私腹を肥やす汚職大名に義賊が捕縛され,町中を引かれていくとき,心ある市井の人が大名に石を投げつけるのが物語の常である.環境保護に関心を持つ一般市民は,環境保護を後退させるなと声を上げなければならない.


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