義務教育が紡いだ友人関係
Twitterで三角関数や元素記号が話題ですね.それと同じ理由で,漢文もたまに話題になります.私自身も,漢文はほとんど記憶になく,作者名や題目の日本語読みを少し覚えている程度ですが,仕事で中国に行ったときに義務授業で習った漢文の知識が大いに役立ちました.
三角関数,元素記号,漢文を習って,それがその後の人生に役だった人・そうでない人,色々いてよいと思います.今回は漢文を勉強していたことで,非常に良かったなと思った体験談です.
中国人と何話す?
今年の秋頃に,仕事の都合で中国の西安を訪れました.西安滞在中,お世話をしてくれる中国の人を付けてくれることになったのですが,これはこれで不安です.
滞在中に世話をしてくれるということは,移動や食事を共にします.必然的に過ごす時間が長くなりますが,何を話してよいかわからない.間が持たない.世話をしてくれる人がそういうことを気にせずぐいぐい来るのであればあまり気にならないかもしれませんが,どうも(ステレオタイプとしての)中国人らしからぬ,温和しい人だというのです.
この状況を打破してくれたのが,歴史と漢文の知識でした.
西安の歴史
西安とはどんなところでしょう?長らく古代中国の中心都市であり,シルクロードの起点でした.平城京のモデルとなった長安の都があり,唐の時代には多くの遣唐使が派遣されました.阿倍仲麻呂は唐で官職に就いていたようです.阿倍仲麻呂の記念碑が西安にあるの知ってました?
自己紹介をしつつ,「古代奈良のモデルになった西安の街も気になりますね」でどうやらアイスブレイクに成功したようです.時間を見つけては,兵馬俑坑や西安の市街を案内してくれました.
西安には中心部に馬鹿でかい城壁があって,城壁の外側は高層ビルなどで近代化されていますが,城壁の内側は歴史的な建物が残っています.発掘されればニュースになる銅鏡も,どでかいオブジェになっています.こういうのが会話の糸口になって,話題には困りませんでした.
全長14kmの城壁の上にも登ることができるので,城壁の上を散歩しつつ,途中にある楼の漢字を見ながら,「あの漢字読める?」「読めるよ,たぶん東から昇る旭って意味でいいの?旭って漢字は日本にもあるよ」なんて会話をしていました.
結構陽気に話をしていたのですが,モンゴル帝国に支配されていたことを話すときは,少しトーンダウンしていました.「この城壁の内側まで敵が侵入して,支配されていたのは暗黒の時代だった」とまで言いだし,チンギスハーンは日本人(源義経)という説があるよ,なんて無邪気なことを話題にしなくて正解でした.もしここで話題にしていたら,出張は徒労に終わっていたかもしれません.
阿倍仲麻呂の足跡
中心部からすこし南にある興慶宮公園には,阿倍仲麻呂の記念碑があります.記念碑の側面には,李白が詠んだ歌が刻まれています.「これは阿倍仲麻呂という人が海難事故で死んだと聞いた李白が詠んだ歌です」と聞いたときは非常に驚きました.李白は中国では非常に知名度のある歌人だとのことで,「中学生の時に,黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送るという漢詩を勉強したよ」と,(当然漢文のままは発音できないので)ネットで検索した画面を見せながら盛り上がりました.
後で調べたところ,阿倍仲麻呂は文学系の役職を務めていたので,李白と仲が良かったようです.歴史で学習した人物と国語で学習した人物に関係があるの,結構すごくないですか?
月を想う
大分打ち解けて,出張中の要務も大成功に終わりました.帰国してからもまだやることは残っていますが,まあ上手くいくでしょう.
別れ際に,お世話をしてくれた中国人が,詩をくれました.
但願人長久
千里共嬋娟
これは月に関する詩で,「どれだけ離れていても,私たちが見る月は同じだ」という意味ですと教えてくれました.
私は,阿倍仲麻呂の和歌
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも
を返しました.「日本で月を見たとき,中国で見た月と同じなのだと想うでしょう」と.
まあ滞在中は埃っぽくて月も星も青空さえも見えなかったんですがね.