day25 軽いデジャヴとそんな日常 (帝国ホテルライフ)
昨日の夜、テイクアウトを温めようと共用スペースの電子レンジを使っていた。
数分ほど時間かかりそうだから、誰もいない共用スペースの中で、窓際まで離れて外の景色を見ていたら、わさわさとした感じで誰かが入ってきて、部屋の中を検分してる。
こんばんは、と声をかけたけど余裕がないのか、ああ、とだけ返ってきた。ワイシャツ、スラックスで白髪交じりの男性だ。首からは大きめのIDカードみたいのを提げていて、手にはカバンも持っていたから、推察するに今日からここに住むことになった人で、家からではなく仕事先から入ってきたんだろう。
いったんスペースを出たのかと思ったらすぐに戻ってきて、こちらに話しかけてきた。
「ここには氷はないんですか」
氷は、ないですねえ。
「そうですか、それが分かればいいんです」
…なんだ、このやりとりは?
その男性はそれだけ確認するとスペースを出て行った。声はものすごく掠れていた。
まああたしもここに来た初日は、共有スペースを検分したから気持ちはわかる。で、人に訊いてまで一番最初に確認したかったのは氷の有無なのか。
具合が悪いのかな? そうは見えなかったけど、でも声の掠れが激しい。
なんかちょっといろいろ怖いな、と思いながら、温め終えて「ENJOY!」と表示してくれるバルミューダから夜ごはんを出した。
そして今朝。
トースターのバルミューダでパンを焼いていたら、珍しく別の住人さんが入ってきた。ここにはトースターも他のものも2台ずつあるから、その人はもうひとつのトースターでパンを焼くようだ。
あんまりここで人に会うことはなかったうえに、パンを2台で焼く状況になったのはさらに珍しい。
おはようございます、と声をかけた後は、お互い、自分のトースターの前で焼かれるパンの様子をじっと見てる。
と、入口の方から カンカン、と音がした。なんだ?
カン、カン。
トースターの位置からは、共用スペースの入口は見えないのだ。
あ、自動ドアのガラス扉をノックしてる、のか?
え、怖くない? スタッフだって住人だってカードキーで入って来るから、ノックなんて必要ない。
どうしよう、と思ってるうちに、わたしの横でパンを焼いていたTシャツ姿の男性が入口を覗きに行ってくれた。
まもなく、自動ドアの開く音がして、Tシャツ男性が帰ってきた、もうひとりいる。
「いやあ、ここに電話ないですか。」
現れたのは、昨日の氷のおじさまだった。帝国ホテルの白いパジャマを上下着て、足はアメニティにある白いペナペナのスリッパだ。
「鍵が閉まっちゃって」
Tシャツ男性がこのスペースにある内線電話を指し示すと、おじさまはフロントに電話をかけた。部屋番号と名前を告げている。
ああ、昨日のちょっと怖いな、と思ったのはただの思い違いだったみたいだ。だって、こんな全然知らないあたしとTシャツ男性の横で名前と部屋番号を告げてしまう無防備さ…いやこの状況なら仕方ないけど。
何より、インロックですよ…あたしがやらかしたのも、たぶん2日目だったな…(遠い目)。
よかった、あたしだけじゃないんだな…(生ぬるく氷おじさんを見守る)。
一気に親近感とデジャヴを感じた、朝のできごと。
マスターキーを持ったホテルスタッフの方とのやりとりを見ているのも居たたまれないので、パンの焼けたわたしはさっさと退場した。