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Infinite Music Odyssey_007

序文——


昔ッから、緊張しいだ。

マイクとカメラを向けられると、泡を噴いて卒倒するほどに頬と耳とが紅潮する。
オンライン授業で教官に呼びかけられると、1オクターブぶん声色が打ち上がる。
口頭発表が迫ってくると、知恵熱もしくは過呼吸、またはその両方が課せられる。
唾腺沈黙、汗腺発破、脳漿炸裂、瞳孔解放、発話神速、挙動不審、猫君溺愛。

それでいて、緊張の大舞台を任される機会がチョー多い気がする。
英語暗誦・弁論大会。教室内のだれもわからん難問の回答依頼。天皇モノマネ。
放送部のアナウンス・朗読大会。高校野球の球場内放送の難関オーディション。
女装したうえで文化祭ダンスのセンター。現役・浪人の大学受験。江戸川コナン。
地元の人々相手に「この町のここを改善しようよ」プレゼン。年末宝くじ抽選。
自己紹介。コンパに集まった面々すべての似顔絵描き。英語講義で落語独唱。
ALTの送別メッセージ読み上げ。模試一位の看板。生徒会長選挙への立候補。
セグウェイ体験。早すぎる卒論構想発表。「告白」が望まぬ公開式に拡大。
対巨大ムカデ掃除機作戦総責任者任命。受験の昼休みに全力疾走。NHKの取材。
重装警備員に銃口向けられたフランス議事堂。サカナクション・ライヴ最前列。

「む、無理やッ!」
個室トイレに籠城して、誰もいないのを再三確かめて、おもむろに電気を消して、その場にうずくまって、膝を抱え込んで、額をうずめて、目を瞑って、身を縮こませて、ちいさく呻いて、極微の存在に成り果てたくなるような演目で大立ち回りを舞ってきた二〇余年だ。これまで胃壁に穴が穿たれなかったのが不思議でならない。

そんなとき、わたしが必死に縋るのが、音楽である。
読書もいいけれど、あまりに視野狭窄を起こしているときには字は読めない。
イヤホンを耳に挿し込み、とにかく再生ボタンを押せば落ち着く音楽があった。
いつか憶えた歌詞を、あの人の歌いぶりに載せて唄えば、奮える音楽があった。

Infinite Music Odyssey——緊張への抗戦に明け暮れた幾星霜の同伴者を紹介。


♫ 悲しみの果て/エレファントカシマシ

毎度毎度、大学受験模試で好成績を叩き出しておると、前回を超えにゃならんハードルを内心感じてキーッと歯軋りしていました。ご苦労なこった……暢気にも大学合格を果たし早や数年を閲したいま振り返ればそう云えますが、当時は絶体絶命。校内テストでは鳴かず飛ばずだったから模試だけが命脈だったんですな。サテあれはなんの模試だったか、校外で受験する機会がありまして、半ばグロッキーになりながら会場へ重い足取りで向かっていました。そんな折にエレカシのこの曲を聴いて、軽く口ずさんでみたところ、不思議と余裕が生まれたのです。緊張という「悲しみ」に苦しんでいる最中に「果て」を望遠するって、いいもんですね。世界が、受験・競争だけのわけがないんです。
ヴォーカル宮本の声を真似ると、これまた身体の震えに喝が入る気がします。

♫ 長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃/三波春夫

口頭発表が間近に差し迫り、いよいよ口周りが砂漠・麻痺・暴走状態に陥ったときに、努めて取り組むルーティンがあります。発表原稿をチェックするのもテかとはおもいますが、わたしは①般若心経を詠唱する、②早口言葉の金字塔「外郎売りのセリフ」を暗誦する、そして③「俵星玄蕃」を朗誦する、を心がけています。
見習うべきは三波の御大の肝の据わりっぷりよ。声調も曲調も七変化するのに、歌声にビシッと太い芯が貫かれているから、一貫して惚れ惚れする響き。これを真似できたらだいたいの口頭発表は滞りなく行けます。「時に元禄十五年十二月十四日……」以下、セリフ部分の舌の躍動もしっかり意識したいところ。
卒論完成までがんばれ、自分。困ったら三波をなみなみと注ぐべし。

♫ 人生は夢だらけ/椎名林檎

新しいクラスに配属されたり入学したり、新天地はそこここに転がっていますね。きらきらした、聡明そうな新顔に囲まれていると、この上なく自分が矮小なアニマルにおもえてきて、自己否定を突きつけたくなるもの。椎名林檎女史ひいては東京事変の楽曲は、わたしたちを主人公の座に戻し、背を押し、そのへんで励ましのタンバリンを振っています。「あれ、そんなに悲嘆することもないかな」と、頭ぽりぽり掻きながら舞台に向かえる自信を湧き立たせてくれます。自信や勇気を「与える」だの「贈る」だの、そういう外的な作用ではなくって、椎名女史は内から「呼び覚ます」。すでに持っているモノに気づかせてくれるサウンドです。

♫ 宇宙大戦争のマーチ/伊福部昭

ご存知、庵野秀明監督作品『シン・ゴジラ』よりセレクト。
人類、少なくとも日本の命運が懸かった決死のヤシオリ作戦を果断する、胸震えるシーンの劇伴歌。役者に配布されたものと同仕様の台本を入手し、読み耽るほどにわたしは本作を愛し、暗記しています。幾度となく鑑賞するうちにサウンド・トラックの響きも肌に叩き込まれ、したがって台本を読めば劇伴歌が蘇り、他方劇伴歌を聴けば本編のセリフが口先から溢れる。視・聴覚双方で大好きです。
「宇宙大戦争のマーチ」を聴けば、本編同様たちまち、しゃにむに奮い立ちます。眼前に聳える課題山脈に目がけて無人在来線爆弾を投入したくなる。プロポーズとかムカデ征討とか、勢い(=蛮勇)さえあればナントカナル場面に効きます。論文を書いている最中なぞは、ちと不適。一文字でも書く意欲を沸かしたいときに。

♫ Caro Mio Ben/Luciano Pavarotti

緊張を吹っ飛ばしたいときに、あんまり外国語の曲は不向きかなとおもっています。歌詞ってこうだっけ、とか考えてしまい躓き躓き唄うことになり、けっきょく身体が強張ってしまって本末転倒です。だから比較的馴染んだ日本語ソングを選ぶわけであります。——しかし、「カーロ・ミオ・ベン」は特別。高校在学の時分、終始もがき苦しんだ音楽の期末テストの課題曲。とにかく声量を張って、それはもう声量一点張りで歌いまくって緊張をひた隠し、先生に「声出てるねぇ!」とだけ講評させた、緊張史に名だたる名曲なのです。あのとき必死に叫んだリリックを、ふたたび何かしらでナーバスしている折に口ずさむと、「なんとかなるさ」とおもえる。イタリア語履修しているわりに歌詞の内容を知らないけれど好きな曲です。

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I.M.O.
I.M.O.の蔵書から書物を1冊、ご紹介。 📚 かくれた次元/エドワード・ホール(日高敏隆・佐藤信行訳)