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子連れ新幹線が大変すぎてジョーカーになった話
今年のゴールデンウィークは娘と2人で福岡に帰省した。
イヤイヤ期は過ぎたものの、まだまだ手のかかる3歳児。人見知り・場所見知りも激しい。おむつはまだ取れていない。そんな子。
新大阪から博多までは約2時間半。旅費もそれなりにかかるので、チケットは大人1人分だけ買って娘は膝に乗せることにした。
出発は5月2日。ゴールデンウィーク中ではあるものの、一応連休と連休のあいだの平日ということで、そんなに混雑もしないだろうと判断した。今年からゴールデンウィーク中の新幹線はのぞみに限り全席指定なので、去年までのように新大阪の改札を通るだけで大行列なんてこともなさそうだ。
自宅から最寄り駅までは荷物持ちで夫に付いてきてもらった。在来線で新大阪まで行き、実家へのおみやげを買う。
予想通り、去年ほどの混雑ではない。とはいえ3歳児を連れての移動なのでバタバタではある。スーツケースがあるのでベビーカーは使えず、基本的には自分で歩かせる。抱っこモードになったらヒップシートに載せて歩く。
飲み物やおやつなど、娘の持ち物はリュックに入れて持たせた。おかげで少し私の持ち物は減った。自分で自分の荷物を持てるようになると楽でいいなあ。
…しかしそれはあくまで機嫌がいいときだけの話であった。
おみやげを買い終わってホームに向かい、新幹線に乗り込む。新大阪が始発なので、発車までしばらく時間がある。
大きい荷物は荷棚に載せて、娘のリュックを下ろし、ようやくひと息つける。新幹線乗れたよって夫にLINEしよう、とスマホを開くと…
おびただしい数の着信とLINEが入っていた。
あろうことか、家の鍵を持たずに出かけてしまい、帰れなくなったらしい。
私たちを駅で見送ったあとで気づき、モバイルSuicaで新大阪までは来れたものの、私たちが乗る新幹線の便がわからず電話をかけてきたようだ。
あわてて電話すると、「今すぐ新幹線を降りて」と言う。バタバタと荷物をまとめて降りようとするも、時すでに遅し。新幹線は動き出してしまった。
やむなく次の新神戸で降り、在来線で追いかけてくる夫を待つことに。1時間ほどのロスになるが、まあ仕方ない。
新神戸駅のホームで時間をつぶす。娘は急に新幹線を降ろされて不機嫌になるかと思ったが、待合室をうろうろしたり周りの人を観察したり、何やら楽しそうだ。
約1時間後、ようやく夫が神戸に到着。私の鍵を渡して別れる。
さて、再びホームに戻り、次に乗る新幹線を待つわけだが、前述の通りゴールデンウィーク期間中ののぞみは全席指定。何本かのぞみを見送り、自由席のあるさくらに乗り込んだ。
もちろん自由席はどこも満席。デッキでやり過ごすしかない。娘の機嫌はまだ大丈夫そうだ。
転機が訪れたのは岡山。降りる人がけっこういたので、自由席にも空きが出た。娘がぐずったらすぐにデッキに出られるよう、できれば通路側に座りたいが、窓側が空いていたらそちらから詰めて座るのが道理だろうと考えた。
指定席1人分のチケットしか取っていないので、自由席で2席占領するのもいけないと思い、窓側に座って娘を膝に乗せる。
もともと取っていた指定席は車両の一番前だったので広々としていたが、ここは真ん中あたりで前後にはもちろん人がいる。
狭い空間に押し込められたストレスと長旅の疲れからか、いよいよ娘がぐずり始めた。
自由席なので荷物を置いていくこともできず、スーツケースもおみやげも全部抱えてデッキへ。
デッキに立つ人々はみんな疲れきった表情を浮かべている。指定席を取っていないということは、おそらく何らかの事情で急遽新幹線に乗らなければいけなかった人が多いのだろう。あるいは私たちのように、途中下車から再度乗ってきたパターンもあるかもしれない。
そんな中に大荷物を抱えた親子連れが入ってきて、なんだかすみませんねえ…と思いながらやり過ごす。
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14キロの娘を抱っこし続けるのも腰に負担がかかるので、ときどき席に戻って座る。しばらくするとまた娘がぐずり出すので再びデッキへ戻る。
広島を過ぎたあたりから本格的に娘が泣き始めた。もう席には戻れない。博多までデッキで過ごそうと覚悟を決める。
途中、優しそうなご婦人が「お子さんにどうぞ」と、もみじ饅頭をひとつくれた。きっと行き先で家族や友人に配るはずだったものに違いない。大切なもみじ饅頭を分けてくれたご婦人に心から感謝しつつ、娘と分け合って食べる。
ギャン泣きする娘だったが少し落ち着いた瞬間もあった。それはデッキに掲示されているJR西日本のポスター。ミキの亜生さんと葵わかなさんが出演しているCMのものだ。二人が「魔女の宅急便」のキャラクターに扮しており、かわいい黒猫も一緒に写っている。
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「ねこちゃん!!」猫好きな娘がポスターを見て少し笑った。長くは続かなかったけれど、一時的にでもギャン泣きを止めてくれたポスターに感謝の念を送る。ありがとう亜生さん、ありがとう葵わかなさん、ありがとう黒猫ちゃん。
新幹線は下関、小倉と進んでいく。小倉は以前住んでいた思い出の地だが感傷に浸る余裕もない。娘を抱っこしながら大荷物を抱えてデッキで立ち尽くす。目的地の博多まであと少し。
デッキに立っているのは、出張帰りらしいビジネスパーソンが多かった。依然として娘はギャン泣きだが、あからさまに嫌な顔をする人はいなかった。むしろ「あのお母さん、ボロボロで大変そう…子供もこんな狭いところでつらかろうに…」という哀れみの目を向けてくれる人が多いように感じた。
娘はますますヒートアップして、泣き叫ぶわ靴を脱いで放り投げるわの大騒ぎ。靴を拾いにいきたいけど、狭い空間で抱っこしながらかがむのは至難の業。なんとか手を伸ばそうとしたら、近くに立っていた若い男性が拾ってくれた。ありがとうお兄さん。何か幸運が訪れますように。
まもなく博多に着く。私の荷物はスーツケース、お土産の紙袋、大き目のリュック。新幹線に乗るときはご機嫌で歩いていた娘も、今は立つことすらままならない状態。すべて一人で抱えて降りるのは難しいなと思ったら、今度は50代くらいの男性が「持ちますよ」と申し出てくれた。ありがとうおじさん。神のご加護があらんことを。
博多駅のホームが近づいてきた。耳元で泣き叫ぶ娘がいいかげんうっとうしい。鍵を忘れて出かけるという夫の不注意がこんな事態を招いたことへのやるせなさ。狭い空間で立っているだけでもつらいのに、子供に泣かれて少なからずストレスを感じているであろう周囲の人々への申し訳なさ。道中さまざまな形で救いの手を差し伸べてくれた人々への感謝。荷物と娘を抱え続けたことによる身体的苦痛。
ありがとう。つらい。やっと解放される。ごめんなさい。あいつのせいで。
あらゆる感情が混ざり合い、なんだかもう笑うしかなくなってしまった。人は楽しいときだけ笑うわけではない。どうしようもないあきらめからくる笑いもあるのだ。
例えるならば、映画「ジョーカー」の終盤。見ていない方のためにネタバレは避けるが、ホアキン・フェニックス演じるジョーカーが病院の中で笑う印象的なシーンがある。
まさか子連れ旅で最終的にジョーカーになるとは思ってもみなかった。
いろいろあったものの、ジョーカーこと私と娘は無事に博多駅までたどり着いた。これから夫を残して帰省するときは、ちゃんと鍵を持っているかしつこいくらいに確認しようと心に誓った。
そしてこの話には少しだけ続きがある。帰省から半月後に祖母が亡くなり、葬儀のため再び娘を連れて新幹線に乗ることになった。夫は出張中。もちろん鍵は持って出かけた。
前回の反省を生かし、今度はケチらず2人分の席を取った。途中で降りる心配もなく、ゆったりと座って2時間半を過ごすことができた。もちろん娘がぐずることも何度かあったが、指定席なので前回のように大荷物をすべて持ってデッキと往復するようなこともない。おおむね快適な旅であった。
このところ仕事が忙しく、このnoteを書き終えるまでに3か月近くもかかってしまった。こうして書き留めることで、ようやくあのときの苦労が報われたような気がする。とはいえ二度と同じことはしたくない。ああ、よく頑張ったね私。
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