「ねぇママ」から始まる暗記テストを受けた
暗くした子ども部屋。
窓から、外を通る車の灯りが差し込む。
――遮光カーテンにすればよかったなぁ。
そんなことを思う。
遮光カーテンが好きではなかったので、家を建てる時に、どの部屋の窓も『遮光』にはしなかったけれど、娘達が寝ようとするこの時間では、車の行き交う灯りさえ、明る過ぎる気がした。
「ねぇ、ママ」
普段、私を「おかあさん」と呼ぶ次女が言った。
耳ざとく、長女が訂正する。
「ママじゃないよ、おかあさんだよ」
まぁ、どっちでもいいんですけど。
「ねぇ、ママ」
長女の抗議の声も届いていないのか、次女がもう一度同じトーンで言った。
あぁ、これは。と思い当たる。
次女の好きな絵本。
「よるくま」の最初の一語だ。
次女は言う。
「おかあさん、よるくま、して」
オーケーオーケー。おかあさんがしてあげよう。
「おかあさん、おさかなつって、おしごとしてたの」と、終盤から始めると、次女が怒って鼻を鳴らした。
「チガウ。『ねぇママ』から、して」
「あさになったら、おさかなやいて、たべようねぇ。それから、バスにのって、じてんしゃやさんにいこうねぇ」次女の大好きなところへ飛ぶと、やっぱり憤慨してジタバタと布団の中で暴れた。
「チ、ガ、ウ!『ねぇママ』だよ!」
諦めて、私は、絵本をまるまる一冊、暗唱する。
暗い部屋で。
ママの声色と、ボクの声色を変えながら。
あの、可愛い絵が目に浮かぶように。
「……だから、きょうは、もう、おやすみ」と、最後の一文を告げると、次の息を吸う間もなく、
「モッカイ!」
アンコール。嬉しいねぇ。
っていうんで、もう一回、フル暗唱。
正直、今日、初めて暗唱した。
3歳向けの絵本とは言え、文字数、結構あるのね。
小学校か、中学校の国語の授業ぶりに、暗唱力を発揮した。
私の料理中に、娘が本棚から引っ張り出してきて、キッチンの寒い足元で「ねぇ、ママ」と、声に出しながら自分で読んでいるのを、何の気なしに思っていたけれど。
あれ、文字が読めない状態で、絵と私の読み聞かせを頼りに暗唱しているのだから、凄い記憶力だな。
自分でやってみて初めて、凄さを知った。
4度目のアンコールに「もう、これで最後ね」と念押しをして、暗唱した。
繰り返していると、一番最初ほど気を張らないからか、ふと間違えたり、飛ばしたり。
逐一、隣からチェックが入る。
「いまの、チガウよ」
「まちがえたわよ」
心からの祈りも込めて、最後の「おやすみ」を口にした。
ふう。
「よし、寝ようね。お布団ちゃんと掛けてね。おやすみ」
「おやすみ」
静かになった部屋には、家の前を通る車のエンジン音が、聞こえる。
住宅街の路地なので、交通量は多くないけれど、それなりに通る車がある。
車が通る度に、部屋の天井が明るくなる。
――遮光の裏地、付けようかなぁ。
「ねぇ、おかあさん」と、長女に呼ばれた。
こちらが、返事をする前に、長女が続けて言う。
「おかあさん。よるくま、して」
いや、YOU、5回の暗唱、一緒に聞いてたでしょうよ?
大人の、全力の暗記力を存分に見せてやったでしょうよ?
私と長女のやり取りを聞いて、期待した次女が半身を起こす。
いくら長女ファーストの心がけでも、こればかりは…「もう、本当に、本当の、最後だからね」と、念押しした。