記事コメ:なぜ食物アレルギーが急増しているのか
今回は、食物アレルギーに関して良い記事を見掛けたので紹介したい。食物アレルギーは昨年末に紹介したIgEによるI型アレルギー反応であり、根本的な治療法が無い免疫疾患である。
記事でも食物アレルギーのメカニズムを下記の様に紹介している。
アレルギー反応では、ビーナッツタンパク質などの本来は無害な外来のタンパク質を、体が危険なものとして誤って認識する(アレルギー反応を引き起こすタンパク質を「アレルゲン」と呼ぶ)。そして、侵入者を撃退するために、体は「免疫グロブリンE」(IgE)と呼ばれる抗体を産生する。 特定の免疫細胞(好酸球、マスト細胞、好塩基球)にIgEが結合すると、活性化して「ヒスタミン」と呼ばれる化学伝達物質を放出する。これにより、腸・皮膚・肺・心臓の4つの主要な臓器系のいずれかにアレルギー反応が生じる可能性がある。症状としては、かゆみや発疹、肺の筋肉の収縮、嘔吐や下痢などだ。
そもそも、食物は非自己の異物である。経口摂取される食物抗原に対しては通常、免疫寛容状態にあるのだが、「何らかの原因」でその寛容が崩壊しIgEが産生されてしまうとアレルギー状態になってしまうのだ。その原因には様々な要素が含まれる。大きく分けると遺伝的要因と環境要因であり、近年食物アレルギーが増加しているという現象については環境要因を考える必要がある。
食物アレルギーを引き起こす環境要因については、2つの主要な仮説が提唱されている。そのうちの1つが「衛生仮説」だ。この仮説は、社会が清潔さを追求しすぎることにより、細菌やウイルスに早期にさらされる機会が減ったせいで、ありふれた無害なタンパク質に免疫系が過剰に反応しやすくなるというものだ。
記事では原因の一つに、「綺麗になり過ぎた社会」を挙げている。これは一般的によく言われている事だ。IgEの本来の役割は寄生虫排除ではないかという話を抗体のサブクラスの記事で述べたと思う。一方で、近年その様な微生物に曝される機会は激減し、IgE産生の閾値や条件に異常が起こっているという事が考えられるのだ。イメージだけで言えば、IgEを産生する機会が無くなってしまって、IgEが産生される条件が緩くなっているという感じだろうか。良し悪しはともかく、免疫系と言うのは非常に微妙なバランスで成り立っているシステムという事だ。
しかし、衛生仮説はアレルギーが増加している理由を完全には説明できない。研究では、(アジアにおける魚介類など)ある特定の食べ物に皮膚がさらされる程度と、その食べ物のアレルギーの発生率の高さに関連があると指摘されている。これが「二重抗原暴露仮説」だ。この仮説は、皮膚から食べ物が体に入ってくると食物アレルギーになりやすく、口から食べた場合にはアレルギーになりにくいというものだ。
もう一つの仮説が上記の内容だ。こちらが非常に重要である。同じ抗原であっても、経口摂取であれば免疫寛容だが、経皮暴露によって免疫成立に繋がるという事だ。これも以前から提唱されており、実際に某石鹸の使用による小麦アレルギーの成立などは社会問題となったりした。「抗原に曝される経路」というのは免疫系において非常に重要な視点のひとつだという事をよく知ってほしい。
話がそれるが、これは核酸ワクチンなどについても同様である。一般人がよく言う核酸ワクチンの安全性についての意味不明な理論には「DNAやRNAはそもそも普通に体内にある」とか「肉などの食べ物にも含まれる」とかいうものがある。これは免疫学を知らない愚かな反論である。「核酸を体外から投与する」という経路が問題だという事を全く理解していないのだ。その理由は、免疫反応や寛容の仕組みを根本的に理解していないからであり、だからこそ、正しい考察の為には免疫学の基本的知識が必須だと思わされる。
さて、本題に戻るが、どの様な理由であれ、一度免疫が成立してしまうとそれを根本的に治療する事は難しい。記事では最新の食物アレルギー治療についても紹介している。
治療法は2つに分類される。少量ずつ摂取することでアレルゲンに対する耐性をつける「免疫療法」と、アレルギー反応を引き起こすIgE抗体が受容体と結合するのを防ぐ「抗IgE抗体療法」だ。
一つは下記に示す様な免疫療法。これは経口投与によって免疫寛容が誘導されるという基本的な概念を利用し、一度崩壊した寛容をもう一度成立させようという試みだ。免疫寛容が復活すれば、根治療法となる可能性がある。また、食物アレルギー以外にも、花粉症などでも同様の仕組みを利用した免疫療法が試みられている。
免疫療法による治療法は幅広く研究されている。2020年には米食品医薬品局(FDA)がその第1号(であり今のところ唯一)の薬「パルフォルジア」を承認した。この薬は、高度に制御された少量のピーナッツタンパク質を毎日錠剤で服用する経口免疫療法に用いられる。
もう一つは、主たる原因であるIgEを標的にした方法だ。
薬でIgE抗体をブロックすれば、この問題を解決できる可能性がある。例えば、「オマリズマブ」というバイオテクノロジーを応用した医薬品(バイオ医薬品)は、IgE抗体が到達する前に免疫細胞の受容体に結合し、アレルギー反応が起こるのを防ぐ。
これはIgEのFc領域に対して結合する抗体医薬品で、Fc領域がブロックされる事でFcε受容体に結合できなくなり、以降の免疫反応が起こらなくなる。但し、IgEの反応は全て抑えてしまう事になるため、本来直したいアレルギー反応以外の必要な免疫反応を抑えてしまう可能性もある。
以上の様に、食物アレルギーについての勉強になる記事を紹介させてもらった。そして、繰り返しになるが、重要な視点は「免疫系は絶妙なバランスの維持が全て」という基本と、「免疫のバランス崩壊はとてつもなく恐ろしい」という事実と、「免疫寛容を崩壊させる要因」が何かという事だ。あらゆる現象・事象についてそれを考察することが免疫学の基本である。
(参考)