総説紹介:核酸ワクチンによる自己免疫性肝炎誘導機序について
今日は前回に引き続き、核酸ワクチンによる自己免疫性肝炎の発症に関連した話題を紹介しよう。最近のレビュー論文で自己免疫性肝炎の誘導機序に関して簡単にまとめてくれているものがあったので紹介しよう。
「Immune-mediated liver injury following COVID-19 vaccination」
(World J Virol.2023 Mar 25;12(2):100-108.)
表題は上記の通りである。この総説論文では核酸ワクチン接種に伴う免疫介在性肝障害に関する利用可能なデータをレビューしており、その病因の基礎となる潜在的なメカニズムを明らかにすることを目的としてまとめられている。分かりやすく機序を纏めてくれているのが表1になる。
第一に肝臓に発現するタンパク質とSタンパク質の分子相同性に関する機序が提唱されている。これは以前にも話題にしたことがあったと思うが、Sタンパク質が自己のタンパク質と類似している場合があり、それに対して免疫応答を起こしてしまうことに起因する。また、肝臓に関して言えばSタンパク質によるACE2への影響も示唆されている様だ。Sタンパク質は機能的にACE2受容体に結合するタンパク質であるため、何らかの影響があっても不思議はない。但し、これらの機序は「核酸ワクチン」に特有のものではなく、既存の技術を用いたワクチンでも同様のリスクが想定されるものだ。
第二に、CD8活性化に関する機序はやはり想定されている。これについては既に肝組織へのCD8浸潤を認める症例が報告されているなど、重要なポイントであり、さらにCD8の活性化というのが(いつも言っている通り)MHC-Iを介した「核酸ワクチンに特有の機序」なのである。
第三に、I型IFNの産生やTLR活性化による潜在的自己免疫反応の促進も仮説として提示されている。これも過去に説明した通り「核酸ワクチン」に特有の分子生物学的機序に基づく免疫の活性化である。
筆者らはこれらの機序を想定して核酸ワクチンの自己免疫性肝炎誘導リスクを解明する必要があると考えている訳だ。これは免疫学的に妥当であり、さらに言えばこれらの要因が個別の症例に於いて複雑かつ多様に影響している事は想像に難くない。いずれにしても免疫バランスの崩壊や自己寛容の破綻という現象について、分子生物学的観点から考察していく事が重要だといういつもの訓示を繰り返しておこう。
因みに、核酸ワクチンで発症する自己免疫性肝炎は多くの場合ステロイドが奏功するとされ、それ故に大きなリスクではないと締めくくる論文が多い。時代の流れとしてそういう書き方が必要なのは分かるが、それをどう考えるかは難しいところである。この点について最近日本国内からステロイド抵抗性の自己免疫性肝炎発症に関する症例報告があった。
「Corticosteroid-refractory autoimmune hepatitis after COVID-19 vaccination: a case report and literature review」
(Clin J Gastroenterol. 2023 Apr 7;1-5.)
この報告ではファイザーmRNAワクチンを2回接種し、さらにモデルナmRNAワクチンを1回接種した3回目の投与から7日後の自己免疫性肝炎発症を報告している。治療として、メチルプレドニゾロン静注後、プレドニゾロン経口投与したが寛解が得られなかったという事だ。経皮的肝生検によっては、組織学的にリンパ球とマクロファージの中等度浸潤が確認されており、免疫性の肝炎である事が確認できている。最終的に副腎皮質ステロイドが効かないので、アザチオプリンを追加し、改善したという報告となっている。副反応の出現はもちろん様々なのだが、発症時の症状も当然様々である。そういう観点においては、自身の免疫学的リスクを把握している事も重要だと思う。(中々難しいとは思うが)
<補足>
アザチオプリンはそれなりに強力かつリスクのある免疫抑制剤である。メカニズムとしてはDNA合成の阻害であり、これによって増殖が活発な免疫細胞を抑えるという薬だが、この機序はそのままある種の抗がん剤と似た様なものである。副作用としては倦怠感や脱毛など、その手の薬と類似したものがあり、さらに強い免疫抑制剤であるため、感染症のリスクがそもそも上がる。この様に強力な免疫抑制剤が必要な症状というのはそれなりに危険という事だ。