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「心筋シート」承認申請へ 阪大開発、ベンチャー企業

最近、iPS由来の再生医療等製品として初めて承認申請をした心筋シートが話題になっている。今日は免疫学的な視点も含めて少しコメントしていきたい。

そもそも心筋シートはiPS以前から研究されてきた分野であり、心臓を形成する心筋細胞をシート状に培養し、作成されたシート状の細胞集団を細胞治療製剤として用いる。それ自体が心臓の代わりになる様なものではなく、心疾患患者の心臓表面に貼付することで、組織の再生や再構築を促進することを期待しているものだ。以前は患者自身の幹細胞から自家細胞由来の心筋シートを作製し、それを心臓に戻すという細胞治療が盛んに研究されてきた。これはハートシートという製品で条件付き承認されており、今回はその心筋シートを自分の細胞ではなく、iPS細胞から作ったというのが進歩である。

iPS細胞由来の再生医療等製品は長く開発が行われているが、実用化の目処が立っておらず、今回の話は一般人には聞こえが良いだろう。だが、関連分野をよく知る研究者としては楽観できないポイントは多く存在している。

そもそも心筋シートの有効性自体が第一の疑問である。実は上記の通り、自家心筋シートは臨床で多く使用されていたのだが、その効果について有名な論文雑誌であるNatureがわざわざ疑問を呈したというのが話題になった事がある。
「Stem-cell tests must show success Japan needs to demonstrate that a promising therapy for damaged hearts works as claimed.」
(Nature. 2018 May;557(7707):611-612.)
実は臨床試験の中では、重症心不全で効くのはごく一部に過ぎず、使用後に症状が悪化した患者までいることも分かっており、日本政府に対して名指しで慎重な評価を要求してきたのだ。心筋シートが心臓の代わりになるものではなく、再生を促すものだというのは説明した通りだが、その機序自体が曖昧であり、明確な有効性を発揮しにくいということだろう。

このハートシートは「条件付き承認」を取得したと書いた。条件付き承認というのは難病や今回の様な細胞製剤など大規模臨床試験が困難なものについて、一定程度の有効性及び安全性を確認した上で、有効性・安全性の再確認等のために必要な調査等を実施すること等を承認時に「条件」として付すことにより、医療上特に必要性が高い医薬品への速やかな患者アクセスの確保を図るための制度である。つまり、承認後に一定数の症例を積み重ね、条件をクリアすることで「正式承認」となる。そして、ハートシートは条件付き承認を受けてから、当初の正式承認申請の期限までに有効性を十分示せなかった。期限を延長してもらったが、中々難しく期限切れスレスレに一応正式承認を申請したというニュースが去年のことである。詳細は下記の記事などが参考になるだろうか。基本的にはネガティブな要素が多い。

自家のハートシートでこの有効性だと考えるとiPS細胞由来の心筋シートがどの程度の有効性を示せるのかは疑問である。なぜなら、自分の細胞に比べてiPS細胞由来の組織には「免疫反応」というネガティブ要因が加わるからだ。

大前提として、自分とは異なる他人の細胞に対して自分の免疫系は拒絶反応を起こす。これは臓器移植などで一般的な問題となる事項であるが、他人の細胞から作られたiPSについても同じ事が言える。もちろん、iPS由来組織を作る時にはHLAを適合させたり、HLAを持たなかったり反応性が無かったりするiPS株を用いるといった工夫によって拒絶反応を回避する手段が取られている。それらの工夫は当然のものなのだが、HLAによる問題を回避したとしてもiPS由来細胞製剤には拒絶の問題が起こっている。特に心筋シートについてはHLAに依存しない拒絶反応についての研究が行われており、大きな問題として存在する。

詳細は下記のレビュー論文が詳しいので興味があれば読んでほしい。
「Strategies for immune regulation in iPS cell-based cardiac regenerative medicine」
(Inflamm Regen. 2020; 40: 36.)
特に重要なポイントはiPS細胞に分化させる事で通常の細胞には発現しない特有の「iPS抗原」が発現してくる可能性だろう。これによってどんなiPS細胞株を用いたとしても、一定の免疫反応が生じる事になる。結局のところ、免疫反応というのは「異物」を適切に認識して排除するシステムであり、それは極めて冷酷かつ機械的に行われる。その反応を如何に制御するかという研究ももちろん進んでいるし、免疫反応のバランスというのは私達の健康や病気の治療において重大なポイントであることを覚えておいてほしい。

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