論文紹介:コロナ後遺症における性差と免疫学的機序
今日は下記の論文を見掛けたので紹介しておこう。
「Sex differences and immune correlates of Long Covid development, symptom persistence, and resolution」
(Sci Transl Med . 2024 Nov 13;16(773):eadr1032.)
この論文はScience Translational Medicineというそれなりの雑誌に掲載されている。新型コロナウイルス後遺症、いわゆるLong Covidは、コロナウイルス感染症(COVID-19)から回復した後も数ヶ月間続く多様な症状を指し、その発症や症状の持続に性別がどのように関与しているかは十分に解明されていない。この研究は、性差とLong Covidの発症や回復に関連する免疫学的要因を調査したものとなっている。
この論文に関連して少し調べてみると、コロナ後遺症については女性の方が発症頻度が高いというのは報告があった様だ(Curr Med Res Opin. 2022 Aug;38(8):1391-1399.)。割合の差をみると、女性は男性に比べ、メンタルヘルス関連症状が1.80倍、耳・鼻・喉の症状が1.42倍多いといった結果が出ている。この論文でも、この原因の一つに女性の方が自己免疫に関連した反応が強く引き起こされるためではないかと考察している。
一般的に、女性は男性よりも免疫反応が強いと考えられている。それによって新型コロナウイルスについても男性の方が短期的な重症化リスクは高くなったりしているし、女性の方が長期的な慢性反応は酷いのかも知れない。これはいくつかの自己免疫疾患の発症リスクが女性において有意に高いという一般的な知見とも一致する。
これらを踏まえて、この研究ではCOVID-19から回復した患者のデータ(症状報告、血液サンプル、免疫マーカー)を分析し、性別による比較および免疫マーカーとの関連性を統計的に評価している。その結果、第一に女性は男性よりもLong Covidを発症するリスクが高いことが明らかになった。さらに後遺症に関連する免疫学的な要因として、女性では、特定の自己抗体の上昇や慢性的な炎症が症状の持続と関連していた。一方で、男性では症状の持続よりも免疫応答の抑制が特徴的だった。また、回復と関連した要因に関しては、長期的な免疫調節(例:炎症性サイトカインの低下)が、症状解消に重要な役割を果たす可能性が示唆された。
具体的な分子機序を見てみると、最も重要なのは男性においてのみ、Long Covid状態では抑制性のサイトカインであるTGF-βの発現が高いという点だろう。TGF-βは直接的に免疫を抑えるだけでなく、Tregの誘導など間接的な免疫抑制機序も考えられ、この様な免疫抑制状態が新型コロナウイルスの長期的な感染維持やそれに伴う後遺症に寄与している可能性がある。また、女性のLong Covidに関しては、急性期におけるXist発現の上昇が特徴的に思える。Xistというのは女性のX染色体不活性化に関わる遺伝子であり、自己免疫疾患との関りも指摘されている。過去のコラムでも述べたが、X染色体には多くの免疫関連遺伝子がコードされており、女性が2つのX染色体を持つことと、免疫反応が強く誘導されることは無関係ではないと考えている。通常は片方のX染色体については遺伝子発現が止まっているのだが(X染色体の不活性化)、この制御異常は免疫系のバランスを崩壊させるのだ。
Long Covidの発症や症状の持続には明確な性差が存在する。女性では免疫系の過剰活性化、男性では免疫応答の抑制がそれぞれ関与している可能性が高い。これらの知見は、性別に基づく治療法や介入の設計に役立つ可能性があるだろう。この様に、詳細な分子生物学的機序が正しく解明されていく事は新型コロナウイルスの長期的影響を考察・克服する為に重要である。