臓器移植と免疫反応・拒絶反応
今日は免疫反応が悪い方向に働いてしまう例の一つとして移植後の拒絶反応を考えていきたい。拒絶反応とは、移植された細胞や臓器に対して、自分の免疫細胞がそれらを異物と判断し、排除しようとする免疫反応である。この反応自体は免疫系として正常な反応であるが、臓器移植は自身の臓器に変えて他者の臓器を移植する必要がある状況であるが故に施される治療であるため、拒絶反応による移植臓器への攻撃は生体にとって不利益となる。
この拒絶反応はMHC(ヒトではHLA)のミスマッチによって生じる。T細胞に抗原提示するタンパク質がMHCだという事は以前説明したが、このMHCが自身の細胞と他の細胞を識別する鍵にもなっている。T細胞は自身のMHCではないMHCを持つ細胞を見極め、攻撃する事が出来るのだ。したがって、ヒトの移植時にはHLAがどの程度マッチしているか、というのが移植リスクの推定に繋がる。一卵性双生児であれば完全に同一のHLAを持つ為、理論上拒絶反応が起こらないが、そうでなければ親子であってもHLAの相同性は低くなり、一定の拒絶反応が生じる。
移植後の拒絶反応は超急性型、急性型、慢性型に分類される。超急性拒絶反応は、ドナーのHLAまたはABO血液抗原に対する既存のドナー特異抗体(DSA)によって最初の数時間以内に引き起こされる。これらの抗体は補体経路を活性化し、移植片に損傷を与え、早期に移植片が破損する。急性拒絶反応は、一般に最初の数ヶ月の間に起こり、細胞性免疫と液性免疫の両方が原因である。 この段階では、ドナーAPCの表面にある無傷のMHC-IとMHC-IIのアロ抗原が、それぞれCD8とCD4T細胞を刺激する(直接経路)。 アロ抗原はまた、レシピエントAPCによって処理されたペプチドとして提示されることもある(間接経路)。急性拒絶反応では、特にTh1細胞というIFNγを産生するTh細胞集団が大きな役割を果たし、これらの活性化T細胞は移植された臓器を直接攻撃する。これらの事象に加えて、活性化されたTh細胞は、B細胞の活性化を介して更なるDSAを誘導する。この抗体は、既存の抗体と同様に、急性免疫拒絶反応を引き起こすこともある。
特に臓器移植時においては、これらの急性期拒絶反応を抑える事が重要である。これまでのプロトコールでは、カルシニューリン阻害剤、副腎皮質ホルモン剤、mTOR阻害剤、抗リンパ球抗体などの免疫抑制剤を用いて、これらの広範な免疫反応を抑制することが求められてきた。しかし、一般的に言ってこれらの免疫抑制剤はあらゆる免疫反応を抑える為、感染症のリスクを高める。例えば、カルシニューリン阻害剤や抗リンパ球抗体の一部は、最も一般的な日和見感染症であるCMV感染症のリスク上昇と関連している。また、カルシニューリン阻害剤の中には、副作用として腎障害を発症するものがあり、継続的な服用は様々なリスクを高める。
慢性拒絶反応は、長期にわたり免疫応答が持続した結果、徐々に臓器の機能が低下していくものである。免疫抑制剤によって急性期反応が十分に抑制されていたとしても、慢性的な障害が生じ、一定の割合で再移植が必要になる場合がある。慢性拒絶のメカニズムはまだほとんど不明だが、実験および臨床観察の蓄積から、Th2サイトカインおよびTh細胞を介したDSA産生、組織の線維化および包括的な慢性炎症が、病態形成に関連していると思われる。
以上の様に、本来生体防御・異物排除において重要な免疫系だが、悪い方向に機能する場合は多く存在する。しかし、それは生物の機能として仕方のない事であり、それ故に、医療技術としては「如何に免疫系を制御するか」という観点で研究・進歩が続いている。現在の免疫抑制剤もあらゆる機序・種類のものが開発され、移植後の拒絶反応コントロールもブラッシュアップされてきた。しかしながら、依然として解決すべき課題が多いのも事実であり、新しい免疫抑制技術や薬剤は、移植成績の向上だけでなく、副作用の最小化を目指し、研究が日々進んでいる。
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