学術まとめ:抗体について③ クラススイッチ
前回は抗体のクラスについて紹介した。今回はその抗体のクラスがどのように生まれて来るかを説明する。ハッキリ言って、この話はかなり難しい。免疫学の専門家を名乗る人でも、B細胞に詳しくないと、事前の勉強無しでは答えられない人は多いだろう。
B細胞が最初に遺伝子再構成によって作り出す抗体のクラスはIgMである。その仕組みは以前説明した通りだが、遺伝子を視覚的に見てみると下の図のようになる。
図はH鎖の遺伝子を元の状態からB細胞の分化段階に応じて変化してまでを模式化したものである。おさらいになるが、可変領域の遺伝子はV,D,Jがそれぞれ複数あり、そこから一つずつが選ばれて多様な反応性を示す可変領域の遺伝子となる。可変領域の3'方向には定常領域の遺伝子があり、そこにはCμ、Cδ、Cγなどそれぞれのクラスに応じた(CμはIgM、CδはIgD、CγはIgGの定常領域を生み出す遺伝子)配列を持っている。クラススイッチ前のB細胞は一番近くにあるCμ遺伝子と可変領域の組み合わせでRNAとなり、IgMを発現する。この時、転写されるRNAにはCδ遺伝子も含まれており、RNAスプライシングというRNAの切断処理によってはCδ遺伝子とVDJの組み合わせで翻訳され、IgDとして発現する。このRNAスプライシングは抗体の性質にも関わっており、膜型と分泌型の違いなどもRNAスプライシングによって決定される。IgMにも膜型と分泌型の2つがあり、実は膜型はB細胞の高原認識受容体(BCR)としてB細胞の活性化に関与し、分泌型が先に紹介した5量体の抗体として放出される。B細胞が抗原と出会うまでは前者のmRNAがほとんどで、抗原受容体として膜型IgMが細胞表面に発現して抗原の侵入に備え、抗原刺激を受けるとスプライシングのパターンが変化し、後者のmRNAが急増して、分泌型のIgM抗体が大量に産生されるようになるという仕組みだ。
さて、そこからさらに特定のシグナル(後述)が入ると、遺伝子再構成でも出てきた組み換え酵素のAID(activation induced cytidine deaminase)が誘導され、遺伝子の組み換えによるクラススイッチが誘導される。この時にCμやCδ遺伝子の部分が組み換えで消去され、特定のC領域遺伝子がVDJの近くに位置することで転写されるRNA、そして翻訳される抗体のクラスが変わるということだ。図は例としてCγ遺伝子が近くに来たことを示しており、それによって抗体がIgGにクラススイッチしたことを表している。
このクラススイッチを誘導するのはヘルパーT細胞によるB細胞への刺激である。抗原による刺激はもちろん重要だが、それに加えて重要な刺激としてはT細胞が発現するCD40LによるCD40の刺激が知られている。これらの刺激によってAIDが発現誘導され、遺伝子組み換えが起こる。また、CD40以外にも類似のシグナル活性化経路はいくつか知られており、B細胞に発現するBAFF受容体に対して樹状細胞や単球などに発現するBAFF/APRILが刺激を加え、AIDを活性化してクラススイッチを誘導できるルートもある。このBAFFによる刺激はSLEなどの自己免疫疾患との関りも多々報告されている。
クラススイッチによってどの位置で遺伝子組み換えが起こるか=どの抗体のクラスが誘導されるかを決定すると考えられているのは、ヘルパーT細胞から産生されるサイトカインである。上記のシグナルが入ると同時に、どのサイトカインが多く存在するかによってどの抗体クラスが誘導されるかが決まるとされている。曖昧な書き方をしているのは、実はその機序などは完全に分かっていないからだ。少なくとも実験的に、このサイトカインがあるとこの抗体クラスになる、またはこのサイトカインが無いとこの抗体クラスにならない、という事が調べられている。以下がサイトカインによる抗体クラスの誘導パターン例である。
IFN-γ:代表的なTh1サイトカイン。IgG2a、IgG3のクラススイッチを誘導。
IL-4:代表的なTh2サイトカイン。IgG1、IgEクラススイッチを誘導。
IL-5:IgAクラススイッチを誘導。
TGF-β:IgG2a、IgAのクラススイッチを誘導。
恐らく他のサイトカインも何らかの作用をしているし、実際の体内環境ではいくつものサイトカインが複雑な比率で存在している筈なので、一概に答えを出す事は難しいのだが、サイトカインという免疫環境(感染や炎症の状態)に応じて、最適な抗体クラスのバランスを創り出す事が必要なのだろう。逆に言えば、これだけ複雑な仕組みを作らなければ生き残れない程に、自己と非自己の認識および効率的で特異的な外来抗原の排除、そして何よりもそれを為す「免疫のバランス制御」というのは重要な生理機能だという事だ。