05 すべての子どもに 多様な教育を保障する
リリアナは、ブラジル出身の14歳の少女です。7歳で来日して、すぐに公立小学校に通いました。初めは日本語がまったくわからなかったリリアナでしたが、懸命に勉強したことで、日本人の友達がたくさんできました。中学生になると、日本語での日常会話で困ることはほとんどなくなりました。でも、学校の成績はまったく上がりませんでした。授業ではわからないことがありましたが、何がわからないのか、自分では見つけることができませんでした。そして気づいたら、授業がどんどんわからなくなっていました。いつの間にか、リリアナは今まで親しかった日本人の友達と一緒に遊ぶことも少なくなってしまいました。
中3になってリリアナは、卒業後に高校受験があることを初めて知りました。日本の公立高校に通っている知り合いもいません。「自分には小さい弟がいるし、親は借金を抱えているから」と考えると、幼い頃からの美容師になりたいという夢は、いつしか消えてしまいました。そんな時、リリアナにもできる仕事があることを、知り合いから聞きました。そして、将来のことが見えなくなったリリアナは、誰にも相談することなく、中学校に退学届を出してしまったのです。
それから数カ月後、リリアナに私は会うことができました。リリアナは、派遣労働者として仕事をしていました。
▶教育にアクセスできない子どもたち
日本の公教育において、外国籍者はいまだ就学義務の対象とされていません。就学義務は親が子どもを学校に通わせる義務ですが、子どもの立場からすれば、就学義務の確立によって自分が教育を受ける権利が制度的に保障されることになります。「日本の学校に行きたい」という外国籍者は、リリアナのように通うことはできます。しかし、いろんな事情で学校に続けて通うことができない外国籍者は、「不登校」でなく、学籍はなくなり、「退学」となるのです。そして一度退学すると、公立小中学校に戻ることはとても難しく、現実にリリアナのように中退する人もいるのです。だからこそ、学校に通う外国につながる児童・生徒やその保護者に対するサポートがとても重要です。
何らかの事情によって小中学校で学ぶことができずに15歳を超えた人が学べる公的な場として、夜間中学(夜の時間帯に授業がおこなわれる公立中学校の夜間学級)があります。国は今、夜間中学を少なくとも各都道府県に1校の設置を促進しています。しかしながら、2021年4月現在、夜間中学は12都府県に36校があるのみで、すべての人がアクセスできる現状ではありません。
また、公立高校への進学制度も、自治体間で格差があります。それが、外国につながる生徒を対象にした「措置」と「枠」の違いです。「措置」とは、一般入試を一般の生徒とともに受験する際に受けられる措置のことで、たとえば時間が延長される、漢字にルビがある、などです。また「枠」とは、特定の高校に特別な試験で入学できる入学枠です。たとえば、いくつかの高校では作文と面接だけの試験となります。これらが、自治体によって「全日制高校のみ措置がある」、「定時制高校のみ枠がある」、「全日制にも定時制にもいずれも無い」というように異なるため、外国につながる生徒にとってなかなか理解できません。これに加えて、公立高校の受験資格も自治体間で異なります。日本に暮らす移民の子どものなかには、日本の国公私立中学校だけでなく、外国(人)学校に通う子どもも大勢いますが、外国学校の卒業後に公立高校へ入学したくとも、「受験資格外」とする自治体も多いのです。
▶国籍にかかわらず権利の保障を!
自由権規約・社会権規約や子どもの権利条約、人種差別撤廃条約に共通する「子どもたちの教育への権利」の内容は、国籍や在留資格を問わず、すべての子どもたちに平等の教育への権利を保障することです。リリアナのような児童労働などを生み出す移民の子どもの不就学問題は、外国籍者には就学義務がないとする法解釈に起因するものです。その姿勢を是正すること、誰もが教育を保障される制度にすることが必要です。しかし、すべてを日本の公教育に一元化してしまえばよいというわけではありません。日本にはすでに、外国学校やオルタナティブ・スクールなどの大切な学び舎があるからです。
本人の努力ではなく、制度の違いで高校進学にアクセスできない、という自治体間の格差の解消が不可欠です。すべての子どもに多様な教育を保障する制度にすることは、急務であるのです(図表7、8)。