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【断髪小説】断髪、なかったことに。(2)カフェ店員の路地裏強制断髪

割引あり

今日もいつも通り、遠くから結城 天音 (ゆうき あまね)さんの後ろ髪を眺めながら登校している。

サラサラとなびく長い黒髪。
風を受けてふわりと広がったかと思えば、カバンに引っかかり動きが止まり、重力に従い突如サラリと滑り落ちる髪——

その一連の髪の動きが非常にゾクゾクする……。
たまらなく心を掴んで離さない。
そんな髪の動きを遠くから眺めながら登校するのが僕の日常。

遠くからそんな様子を見つめていると、ふいに彼女が振り向き、目が合った。
「時雨(しぐれ)君。
おはよう」

「おはよう。結城さん」
あぁ……そうだった。
今までは、彼女の髪の毛を遠目で眺めていただけだったけれど、あの日以来僕たちはこうやって話すようになったのだ。
たわいもない雑談しかしない仲だけど、それでも僕は十分に幸せだった。

教室に着く前に自然と会話が途切れる。
軽く会釈をしながら、それぞれ別々の席に向かった。
結城さんの席は、僕の席から斜め前に2つ離れた場所にある。
授業中は直視するわけにはいかない。だけど、ふとした瞬間、視線が勝手に彼女を追ってしまう。

最近は癖になってしまっている。

授業中も移動中も、気づけば彼女の黒髪に引き寄せられてしまっている。
目で追う回数が多くなっているので、不審に思われないか心配だ。

そんなことを考えていると1時間目の授業が終わり、続く2時間目は体育。
着替えを済ませて、体育館へ向かう途中——

狙ったわけではないが、たまたま結城さんが目の前にいた。
ついつい、なびく長い黒髪を目で追ってしまっていた。
長い髪が背中を滑るように揺れ、歩くのに合わせて軽やかに跳ねる。
その様子に、思わず喉が鳴りそうになった。

「悠夜(ゆうや)!!!」

——突如、背後から大きな声が響いた。

振り向くと、そこには黒髪ショートカットの幼馴染、橘 澪(たちばな みお)が小走りで近づいてきた。
彼女は背が高く、引き締まった体付きのいわゆるスポーツ系女子というやつだ。
いつも爽やかな感じで、ボーイッシュな雰囲気だが、意外と髪には気を遣っていて、いつも綺麗に整えられている。

「おぉ、澪」
「おぉ、澪……じゃないよ!」
澪は腕を組んで、ジトっとした目で僕を見つめる。
「……あんたねぇ〜、いくら天音(あまね)の髪の毛が綺麗だからって見過ぎでしょ!」

——ドキッ。

僕はハッと我に返る。
知らず知らずのうちに、結城さんの長い黒髪に目を奪われていた。
「いや……別にそういうわけじゃないよ。たまたま……たまたま前に居ただけだよ」
澪が目を細めてジーッと僕の顔を覗き込んでくる。
全く信じていない様子だ。

「ふぅ〜ん。
……あんた、また髪の毛切りたいって思ってたでしょぉ〜?」
「はぁ?……そ……そんなわけ——」

澪はニヤリと笑い、僕の肩をポンと叩いた。
「だめだよ、友達として天音の髪の毛には触らせないよ!」
「触らないよぉ〜〜〜」
「ほんっとかなぁ?」
——クルッと身を返し、スッと自分の髪をかき上げた。
「……あんた、いつかやらかしそうだからなぁ〜」

サラッ。
短い黒髪が指の間を滑る。
「あたしだって髪は短いけど、クラスでは美髪で通っているんだよ。
どうだい?触りたいかいぃ〜?切りたいかいぃ〜??」
「っ……!!」
くそ、澪のやつ……。
またいつもの調子で、からかってきやがる。

——本当に切ってやろうか?

「じゃ〜、切らせろ!」
そう言って、僕はニヤリと笑う。

——ピクッ。
澪の表情が、一瞬だけ強張る。
だけど、すぐにハッと目を大きく見開き、満面の笑みを浮かべる。
「いやぁ〜だよぉ〜〜!」
澪はニヤニヤと笑い、指を立てて左右に振った。
「あんたには絶対に切らせません〜〜!!!」
「チッ……」
僕は澪に聞こえるようにわざと舌打ちをした。
すると澪は更に悪ノリしたように「はははぁ〜〜!じゃ〜〜〜ねぇ〜〜〜!」と笑いながら教室の方へと去っていった。

いつも近くに居たから意識してなかったけれど……澪って意外と綺麗な髪してんだよな……。

——本当に、切ってしまおうか?

——今なら。

——この能力を使えば澪の髪の毛を切ることも可能だ。

そんなことを考えていると、澪の髪の毛をどうやって断髪しようかという妄想が広がっていく。

後ろは刈り上げたいなぁ……。何ミリがいいだろうか?3mmか?5mmか?
それとも、ツーブロックにしてみるのも良さそうだなぁ。
いや、ここは折角なので全体を5mmくらいにして、坊主に近いツンツンのベリーショートにしたらどうなるだろうか?

頭の中で澪の髪型をどんどん想像する。
……うん、似合いそうだな。澪なら坊主でも……。

だけど——。
僕は小さくため息を吐いた。

「……いや。だめだな」
さすがに気が引ける。

——そう思って、僕は考えるのをやめた。




学校が終わり、下校中に僕はいつものようにムラムラと溢れてくる欲求を感じていた。
髪を切りたい……。
この欲求は、あの日に霧島(きりしま)さんの髪の毛を強制的に断髪したあとから止まらなくなっていた。
今回は街にいる女性の髪の毛を切ってみようと思い、商店街を徘徊している。

だけど、人通りが多い商店街の中で髪を切ってしまったら、時を戻せるとはいえかなり注目されてしまうよな……。
念の為、変装用としてキャップを被りマスクを着用した。
商店街を徘徊していると、あまり人通りの少ない路地を見つけた。
ここなら……。
僕は路地に入り、息を潜める——

数分が経ち、20代前半くらいの女性が路地の中に入ってきたのが見えた。
女性はサイドをすっきりとまとめたロングヘアのポニーテールスタイル。
前髪は斜めに流していて、綺麗なおでこが見える。
ナチュラルメイクで、服装は白いシャツに黒いパンツスタイル。
耳にはシルバーリングのピアス。
見た目から察するにカフェ店員ではないだろうか。

彼女は手にはスマホを持っており、歩きスマホをしている。
こちらに気づく様子もなく、ポニーテールがゆらゆらと左右に揺れながら僕の前を通り過ぎる。

そして——

心臓の鼓動がドクン……ドクンと耳の奥で響く。

——今だ。

彼女のポニーテールをガッと掴み……勢いよく引っ張った。

「えっ!?」

彼女が驚いた声を上げるよりも早く、僕はハサミを忍ばせ、刃を閉じる——

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