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【断髪小説】髪切り探偵(10)時坂 愛の断髪事件

割引あり

全ての戦いが終わり、僕とハルカ君は事務所に着いた。
ハルカ君は激しい死闘の末、ほぼ前の方は坊主頭で、後ろの髪の毛が少し残っている程度の無惨な髪型になってしまっていた。
思えばハルカ君には辛い思いをさせてばかりだな。
でも、もう終わったんだ。
これからはもっと僕も僕自身の事を出来るようになろうと思った。

「今日は助けてくれてありがとう…本当に感謝している」
僕はそっと目を伏せた。そしてハルカ君の目を見つめて言った。
「君が来てくれなかったら僕はもう…」
「先生、何を言っているんですか!」
ハルカ君は肩を怒らせて、僕をまっすぐ見つめる。
「助手が探偵を助けるのは当たり前のことじゃないですか!」
「ふふっ…そうだね」
「先生が無事で…良かったです」
「ありがとう、ハルカ君…。
僕はチエイの記憶を見てから寝るとするよ」
「先生…。無理なさらず」
「あぁ…。ありがとう。それと、せっかくの縮毛調整、堪能しておけば良かったな」
「何言っているんですか!ほんと、この人は…」
「…お礼と言ってはなんだけど…明日君の髪の毛を整えさせて欲しい」
「えぇ…。勿論です。可愛くしてくださいね」
「あぁ…約束する」

ハルカ君と話しているうちに、ふっと力が抜けた。
どっと疲れが押し寄せ、僕はソファーに沈み込む。
「……終わったんだ」
そう呟くと、まぶたが重くなる。
しかし、休むわけにはいかない。
僕は意識を奮い立たせ、斉藤 知影(さいとう ちえい)の記憶を再生した。


斉藤 知影(さいとう ちえい)の記憶

長いテーブル。腰に優しそうな椅子。見覚えのある部屋だ。
ここはおそらくS社の会議室の一室だろう。
S社CEOの斉藤 知影(さいとう ちえい)、そしてYoutuber断髪事件の時に会った三浦 未来(みうら みらい)、滝川 莉央(たきがわ りお)がそこには居た。
それとチエイの秘書の綾瀬 透華(あやせ とうか)?によく似た容姿をしているが、どこかミステリアスな雰囲気を纏っている違う女性がいる。
その女性は全身黒のスーツに白いシャツを着ていて、髪は非常に長く床につかないギリギリの長さで綺麗に切り揃えられている。見た目はトウカそのものだ。

「キョウカ、通してやれ」
チエイがトウカによく似た女性に話しかけている。
「かしこまりました。ご主人様」
どうやら綾瀬 透華(あやせ とうか)によく似た人物は響華(キョウカ)と言うらしい。
キョウカが一人の女性を連れてきた。

ジーンズ、パーカーとカジュアルな服装に身を包み、よく手入れされたサラサラ黒髪ロングヘアー。それを1本結びでまとめたポニーテール。前髪は真っ直ぐカットされたシースルーバング。
間違いない。僕の妹の時坂 愛(ときさか あい)だ。

「君は?…私に話があるって?」
チエイが愛と話している。

「はい。私は時坂 愛と申します。
突然貴重な時間を頂き感謝しています。
単刀直入にお伝えします。
私はS社にアルバイトしている時にS社の秘密を知りました。
仕事中にミスをしたからと言って上司が部下に対して髪の毛を鷲掴みにして引き摺り回して、挙げ句の果てにはハサミで髪を切ったところを見ました」

チエイは眉一つ動かさずに、頬杖をつきながら愛の話を聞いている。
「ほう…」

「新商品検証会だと言い、ハサミ、バリカンで女子社員の髪の毛を刈り取った事…。
女子社員は男性社員に髪の毛を切りたいと言われた際に、切らせないと首にすると言い従わせ髪を切り、従わない場合は実際にクビになった社員までいる事を…。
明らかにあなた方が行なっている事はおかしい犯罪行為です!
…警察に自首してください!」

チエイが愛の目をじっと見つめながら話始めた。
「君の言いたい事はようく分かった…。
だが、それを受け入れる事は出来ない」

「そうですか…。嫌だと言うなら…私が警察に突き出します!」
「まぁまぁ、落ち着きたまえ」
チエイは頬杖をついたまま、どこか楽しげな口調で言った。
「そんなことして君に何の利益があるって言うんだ?」
チエイは愛を優しくなだめる。

「…優しくしてくれた社員の松井 由香(まつい ゆか)さん…彼女は来月結婚するって嬉しそうに私に話してくれました。
彼がロングヘアーが好きで、結婚式をするために髪を伸ばしていたんだって…。
その翌日彼女は丸坊主になって出社してきました。坊主頭になった理由を聞いても教えてくれず、彼との結婚は延期になったって…。その後彼とはすれ違いが続いて破局したって…。
彼女だけじゃない、私に優しくしてくれた人はいっぱいいましたが、皆残酷な髪型になってました…。
それでS社の事を調べたら色々な証言が出てきて…。
私…そういうの許せないんです!」

真っ直ぐチエイを睨みつける愛。
ふんっとチエイは鼻を鳴らした。
「君がいくら私の事を脅そうが、もう既に君とは契約を交わしているんだ。
君だけじゃない、S社の社員、業務委託、アルバイト、皆と契約を交わしている。忘れたのかい?」

「…それが何だっていうの?」

「私にはね、特別な力があって、契約違反した者に対して罪を償わせる事が出来るんだ。何だってできる。例えば契約違反の為、死んでもらう。
そんな事だって出来る」

「そんな事って…」

「可能だ」

「そして、君は私との契約に違反した。
契約にはこう書いてあったんだ。『私に対して牙を向けた場合、私は相手に対してどんな要求も出来る』とね。
例えば…その場を動くな!…とかね」

愛の顔が青ざめる。
チエイの顔が狂気に満ちている。

「う…うぅ…動かない…。体が動かない…」
「どうだい?動けないだろう?私はね、髪の毛を結んでいる女性は嫌いなんだ」
チエイの指が、愛のポニーテールをゆっくりと撫でる。
「こんなにも美しい髪を、ただ縛り上げておくなんて……。もったいない」

チエイは微笑んだまま、リボンを力任せに引きちぎる。

バサァッ!
ほどけた黒髪がふわりと広がり、愛の肩にかかる。

「さあ、楽しませてもらおうか!
…キョウカ!ハサミとバリカン、そして剃刀を持ってこい!」
「かしこまりました。ご主人様」
キョウカが美容道具一式をチエイに手渡した。

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