「象は鼻が長い」式の文の世界地図を描いてみました
言語の世界地図と二重主語文
WALS (The World Atlas of Language Structures) ( https://wals.info/ ) というサイトがあります。世界の言語のさまざまな特徴の分布を世界地図で可視化できるすばらしいサイトです。
ただこれには、あの有名な「象は鼻が長い」式の二重主語あるいは主題+主語の文を作れるか否か、という項目はありません。そのような表現は東アジアの言語に多いと聞いていたので、まったくの素人ながら、分布の世界地図を見てみたいと思っていました。
さて、あるとき東京外国語大学の「語学研究所論集 第17号(2012)」の特集「ヴォイスとその周辺」で、「象は鼻が長い」ではありませんが、それに類する文が各言語でどのように表現されているか分類していることを知りました。
(16) あの女性は髪が長い.
第17号以降にも言語が追加されているので、風間先生の第17号のまえがきを参考にして分類してみました。複数の表現が出ている言語については、最初の用例がおそらく一番よく使われるものだろうと考え、それだけを対象にしています。
「あの女性は髪が長い」を分類してみると
分類に迷うことが多く、間違いもあるでしょうが、自分なりにやってみた結果は次のとおりです。
あの女性は 髪が 長い
日本語、朝鮮語、中国語、ティディム・チン語、ビルマ語、クメール語、インドネシア語、タイ語、ペルシア語
あの女性の髪は 長い
広東語、マルマ語、ムンダ語、フィジー語、ソロン語、ダグール語、モンゴル語、ウイグル語、ウズベク語、カザフ語、キルギス語、サハ語、タタール語、チュヴァシュ語、トゥバ語、トルクメン語、トルコ語、フィンランド語、ウルドゥー語、サマルカンド・タジク語、ベンガル語、マラーティー語、アカン語、グイ語、ブルシャスキー語
あの女性には 長い髪が ある
ベトナム語、ラオ語、ナーナイ語、ヒンディー語、ラトヴィア語、ロシア語、アラビア語
あの女性は 長い髪を 持つ
マレーシア語、英語、イタリア語、スペイン語、チェコ語、ドイツ語、ノルウェー語、フランス語、ブルガリア語、ポーランド語、ポルトガル語、ジョージア語、パピアメント語、バスク語
あの女性のは 長い髪
ハカス語、リトアニア語
地図にプロットしてみると
描画には Cartopy と WALS の緯度・経度情報を使いました。
ユーラシア以外の言語の説明は自分には理解できないものが多いので、ユーラシア中心の話になりますが、
二重主語型「あの女性は髪が長い」… 東南アジアから東アジア
他動詞型「あの女性は長い髪を持つ」… ヨーロッパ
単一主語型「あの女性の髪は長い」… 中央アジア
存在文型「あの女性には長い髪がある」… 地域性が少ない
と言えると思います。
語学研究所論集第17号および第18号の特集「所有・存在表現」によると、モンゴル語とキルギス語は二重主語型の表現も可能ということです。中国に隣接した地域で話されているので、やはり地域性を感じさせます。
一方、東アジアから離れているペルシア語も二重主語型の表現になっているのが興味深いです。隣のアラビア語にも二重主語構文がありますが、この文では二重主語構文を使っていません。ペルシア語の二重主語文の使用にはなにか背景がありそうです。
「私は頭が痛い」も分類
第17号には
(15) 私は頭が痛い.
の例文もあります。こちらも日本語では二重主語的な表現を使うので、同様に分布をプロットすると
「あの女性は髪が長い」と二重主語型、単一主語型、他動詞型に関して同じような分布になりました。
おわりに
二重主語文は世界のいろいろな言語にあるようですが、二重主語の表現を多く使うのは東南アジアから東アジアにかけてであることが見て取れました。日本語・朝鮮語・中国語の二重主語文は有名ですが、日本語より孤立語寄りのビルマ語や、日本語より膠着語寄りのモンゴル語の二重主語文の使用の実態は自分にはわからないので、今後勉強していきたいと思います。