捕食学術誌における失敗
こんにちは!
対人コミュニケーションについて研究・教育をしている大学教員の今井達也です。
簡単に私の経歴を書きますと、青山学院大学で英語の教員免許を取った後、アメリカの大学院で対人コミュニケーションについて学び、博士号を取得。その後、某私立大学で対人コミュニケーションの授業を担当しながら、海外のジャーナルを中心に対人コミュニケーションについての論文を出版してきました。
(私の業績や教育活動などはこちらをご覧ください。Twitterはこちら。)
今回は、研究一般に関わるお話です。
みなさまは捕食学術誌、通称「ハゲタカジャーナル」という言葉をご存知でしょうか。
上記のように、日本では一般的に、ハゲタカジャーナル、と呼ばれていますが、「特定の動物への悪印象を無闇に助長している、実際にコンドル類を研究している人々に風評被害を与えかねない」等といった理由により(山田祐樹先生「捕食学術誌とのつきあい方」)、その名称は不適切であると考えられています。よってこの記事では、上記のようなジャーナルのことを捕食学術誌(引用先の表現は変えませんが)と呼ぶことにします。
そんな捕食学術誌上で、自分の論文を出版してしまうとどのようなことが起こってしまうのでしょうか。
NARUTOで言うところの下忍レベルの研究者である私は、少しでも業績を増やしたい一心で研究をしておりまして、自分の論文を出版できる可能性のあるジャーナルをいつも探しています。
「(ある程度の質の)論文をたくさん出版する」=「研究者として安定した職業を得るための必須条件」
とも言えるでしょう。
しかし、そういった人の心理をビジネスに利用しようとする会社がたくさんあります。今回、そういうビジネスと関わりそうになってしまったお話をします。研究者の皆様に少しでも有益な情報が提供できれば幸いです。
まず前提として、今回のケースは私自身にも非があり、大変反省しております。
経緯を書きます。とあるジャーナルから、いつも通りリジェクト(不採択)の通知を受け、困っておりました。インターネットで、様々なジャーナルの情報を得ているうちに、一つのジャーナルの名前が目に止まりました。なんとなく、自分の論文に近い内容だと感じました。(ジャーナル名も、普通のジャーナルの単語を一つずらしただけ、みたいな巧妙な名前)※ジャーナル名について聞かれても、答えることはできません。
私も捕食学術誌の存在は知っていたため、そのジャーナルの信頼度を確かめてみました。
自分の知っている研究者の数人(結構有名な先生も)がそこで出版している
インパクトファクター(ジャーナルがどれだけ引用され、影響を与えているか)が、とあるサイトで掲載されている
まあ、これなら大丈夫だろう、と思い、時間的制約もあったため、すぐに投稿をしました。(思えば、投稿もめちゃくちゃ簡単だった、、、)
そしてなんと10日後。研究者の皆様なら分かると思いますが、10日後なんてのは、「フォーマットを直して再提出してください」以外の連絡はこないものです。しかし、そのジャーナルは10日後に
「あなたの論文がアクセプト(採択)されました。査読者のコメントを修正して、すぐに再提出してください。もう掲載は決まっています」
という連絡をしてきました。そこで私は思いました
「俺の時代キターーーーーーーー↑↑↑」(馬鹿)
と。と同時に、いや待てよ、10日?と違和感ももちろん感じました。そしてそのメールの内容、そして査読者からのコメントを読み、以下のような感想を持ちました:
● まず、ジャーナルのEditorから一切の連絡がない。ジャーナルの事務補佐みたいな人としかやり取りをしていない。普通であれば、せめて採択の連絡はEditorから来るはずです。しかし、その事務補佐の人からの簡単なメールのみ。
● 査読者3人のコメントのレベルが低すぎる。かなり短い上に、意味不明なものもたくさん(どこかのサイトのコピペのようなものも)。内容としては、ほぼ何も書いてないレベル。そもそも、10日で3人から査読が返ってくる、ということ自体がありえない(Editorが論文を受け取ってから、査読者に打診をしてOKをもらい、査読者が査読を終わらせて、Editorに戻し、それをまとめて著者に送る。それが10日というのはありえない。)
● 出版をやたら急いでくる。著者としては、査読に対応するかどうかの決断もまだジャーナルにしていない段階で、契約の話を急いでくる。
この時点で、改めてこのジャーナルのことについて調べたら以下のような情報が出てきました。
●有名な捕食学術誌リストには、ジャーナル名では載ってなかったものの、出版社名では載っていた。ここが盲点でした。ジャーナル名だけでなく、出版社でも調べるべきだった(このリストの信頼性も問題視されているが)。その他のサイトでも、その怪しさが指摘されていた。
●ジャーナルには、Editorのリストが載っているのだが、そのEditorの情報をネットで検索すると、不自然な点が多かった(Editorの所属が違う。そこに掲載されているEditorが、自分がそのジャーナルでEditorをしていると、自覚しているかどうかも怪しい。つまり、勝手に名前を使っている可能性もある)。
●投稿前に調べた、このジャーナルのインパクトファクターを載せているサイト。そこ自体が怪しかった。ジャーナルのインパクトファクターは、様々なサイトに無断で載せられており、怪しいものもたくさんある。
この時点で、この論文を取り下げようと考えました。先程も述べましたが、自分の論文が捕食学術誌に載っている、というのは自分の評価に関わりますし、一度掲載されたものを取り下げる、というのはほぼ無理なようです怖。しかし、最初に述べたように、私にも大きな非があります。いくら査読の内容がほぼ意味なかったりしたとしても、このジャーナルの事務や、査読者(存在すれば)には、手間も時間もかけさせてしまっています。本来であれば、この時点での取り下げは、倫理的には良くないようです。(ただし、査読のコメントに対応するかどうかは、著者が決定することはできる。そしてまだ契約もしていない。)
なので、丁寧に理由を述べ、事務補佐の方にメールをしました。「あなたは捕食学術誌だから、この論文を取り下げます」とはもちろん言いませんでしたが、査読のコメントには対応できない、などと理由をつけて断りました。そして、掲載料のようなものも要求されていたので、それも払えない、と伝えました。
そして次の日に以下の返事が来ました。
「とにかく是非掲載させてほしい。もう掲載料もいらない。」
このあたりで、怖くなってきました。と言いますのも、もしこのジャーナルが私の論文の取り下げに応じない場合、私はこの論文を他のジャーナルに出すことはできないのです。論文を複数のジャーナルに出すことを多重投稿と言い、倫理的に良くないこととされています。実はこのように、捕食学術誌に自分の論文を「人質に取られる」ことはよくあるようで、その対策について述べられているサイトが数多く発見されました。
私の場合は、運良く、次のメールで取り下げに応じてくれましたが、悪徳ジャーナルだともっと食い下がってくることもあるようです(法的措置で脅すなど)。このジャーナルは、黒に近いグレー、という感じで、そこまで酷い感じではなく、「良いバランス」を保つことで、捕食学術誌認定をうまく逃れている印象でした(だからこそ他の研究者たちは掲載してしまっているようです)。
さて、捕食学術誌に関わらないようにするコツがいくつかあるようです。
捕食学術誌に関わらないために -論文投稿時のチェックリスト-
その他、京都大学などでも有益な資料を掲載してくれているようです。
これに私が付け加えるとしたら
● そもそも、怪しげなレベルのジャーナルに出さなくてはならないくらい、イマイチな論文を書いていては駄目だと反省。自分の論文の質を高めて、ある程度名の通っているジャーナルを目指す。
● 自分の知っている研究者が出版している、ということをジャーナルの信頼度の指標にしてはいけない。
● インパクトファクターを掲載しているサイトには怪しいものがいっぱいある。下のような、Journal Citation Reportsなどで、本来のインパクトファクターを確認する(こちらにアクセスするためには、所属図書館の契約が必要なようです)
今回は大変反省しました。自分自身のためにも、ジャーナル側に迷惑をかけないためにも、投稿先の選択をもっと慎重になろうと思います。
これを読んでいるあなたが投稿中のそのジャーナルも、捕食学術誌かも知れない、、、
※この記事を読んで、より捕食学術誌への理解を深めたい方は、九州大学基幹教育院自然科学実験系部門 准教授 山田 祐樹 先生の「捕食学術誌との付き合い方」を読まれることを強くオススメいたします。
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