歴史は踊る
これまでこのnoteではコミュニケーション研究者としての知見を共有していたのですが、今回は、とあるバンドの1stアルバムのレビューを書きます。
理由は書かずにはいられないからです。
私の勤務先大学の卒業生である小林右京さんが1メンバーとして活動しているバンド「歴史は踊る」。この記事ではこれ以降、「小林右京さん」ではなく「小林右京」と書かせてもらう。それはなぜか。
2023年10月4日 歴史は踊るは1stフルアルバム「Life-Size」をリリースした。バンドのギターボーカルである小林右京のTwitterからそのニュースを知り、私は是非聴いてみたいと思った。歴史は踊るはこれまで、「Break Time」や「飛べ!彗星」などのシングルを発表し、その都度私はその音源を聴き、彼らの音楽性に惹かれていった。それに加え、私(40歳)よりだいぶ若いであろう彼らだが、The Kinksの「You Really Got Me」(オリジナルはこちら)やMargin Gayeの「What's Going On」(オリジナルはこちら)などの往年の名曲をカバーし、その都度このおじさんのハートを鷲掴みにしてきた。
しかし私は認めなくてはならない。このバンドに、そしてこのバンドの音楽に、私の勤務先大学の卒業生が関わっていると知らなかったなら、ここまで前のめりに彼らに期待してはいなかったであろう。何かの対象に対する自分の評価が、自分の身内に対して「甘くなる」といったバイアスに気づけないほど、研究者として落ちぶれてはいない。
実際、私は彼らのアルバムが全曲聴けるYouTubeでこのアルバムを試し聴きした。「駆け出しのミュージシャンのアルバムを無料で全部聴こうとした」などというのは、音楽好きとしてはあるまじき行為であるし、もはや音楽好きなどと自称してはいけない。聴きたいならお金を払って、彼らの今後の活動に貢献すべきだ。しかし、私は一曲目のアルバムタイトルチューン「Life-Size」を途中まで聴いて、聴くのをやめてしまった。それはなぜか。
私は直感で「あ、これ買うやつやん」と気づいたからだ。そしてすぐにアルバムを購入した。
まずはこちらから是非プレビューを聴いて欲しいのだが、この良さを言葉にしようと思うと実は難しい。小林曰く「マスを狙うよりも少数の人にブッ刺さるようなものを作れたら良いなぁ」とのことで、まさにその少人数の内の1人としてブッ刺さってしまったのだ。彼の言う通り、「歌謡曲をロック調にしました」といったようなJ-Popを期待していると、確実に裏切られる。色々なバンドで例えたいところだが、それはある種失礼であるし、これから聴く人達に変なバイアスを与えてしまいそうなのでやめておこう。
「このアルバムに関して言えば」ギターロックというジャンルで大きく間違ってはいないのではないだろうか(多分、オルタナティブと言ってしまえば良いのだろうが、もうそれは逃げでしかない)。改めて聴き直すと、ギターから始まる曲が半数以上だ。曲の入り口は飲み込みやすいものが多い。そしてそのまま気持ちよく飲み込んでいけそうだと思った瞬間、口の中で急にテクスチャーが変化する。「え、そっちいきます?」といったような気持ちの良い裏切りが続き、その裏切りと裏切りの間の「おかず」、これがまた絶品。そして各曲の最後には良質なギターロックを味わった満足感に包まれていく。ん?伝わってないな。
曲の表情が一つ一つ違うのもこのアルバムの魅力であろう。作曲者を見てみると、フロントマンの小林右京だけでなく、ギターの「きったー」が作曲を手掛ける曲もあるようで、それがこの曲たちの多様な表情を産み出しているのであろう。しかし不思議なことにアルバムとしてのまとまりはあるから不思議だ。
ああ、バンドだ、これは。この雑多な要素がその瞬間瞬間の初期衝動から産まれる方程式で、かろうじてつなぎとめられている結果がこのアルバムなのではないだろうか。30年続く国民的人気バンドがリリースする15枚目のアルバムも素晴らしいが、バンドの化学変化で引き起こされた一瞬のエクスプロージョンの後の残響のような1stアルバムが、これまでロックンロールの歴史に名を残してきたことも忘れてはならない。
そう、このアルバム「Life-Size」は「小林右京のバンド」の作品ではなく、「歴史は踊る」という夜行性の生き物(およそ)3匹が構成する複合体の作品である。
(ソロでも認知されている小林右京が「歴史は踊る」の活動にフルコミットしていることが以下のツイートからも伺える)
そんな小林右京を私は「小林右京さん」とはもう呼ば/べない。なぜならそれは
Zazen Boysの「向井秀徳」を「向井秀徳さん」とは呼ばないように
銀杏Boyzの「峯田和伸」を「峯田和伸さん」とは呼ばないように
100sの「中村一義」を「中村一義さん」とは呼ばないように
彼は私の中で「勤務先大学の卒業生」というカテゴリーから外れ、「期待のバンドのフロントマン」という認識に変化したからである。
先程、この1stアルバムのレビューの冒頭で、「このアルバムに関して言えば」とわざわざ付け加えたのは、次回以降のアルバムではきっと彼らは想像もできない進化をしていると確信しているからである。
どのバンドも2ndアルバムはエグい。
Andymoriの2ndアルバム「ファンファーレと熱狂」
Number Girlの2ndアルバム「SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT」
くるりの2ndアルバム「図鑑」
歴史は踊るが2ndでどう裏切ってくれるのか。今はそれが楽しみだ。
私の音楽観の歴史を大きく裏切るムーブを次の踊りでも魅せてほしい。
ちなみにこのレビューは誰に頼まれて書いている訳ではなく、自ら書きたくて書いていることを書き添えておきたい。
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