忖度マスクについて・勇気と強さは違う
アシュタールさん、こんにちは。忖度マスク民について教えてください。彼らはコロナが茶番だということを理解していますし、マスクが健康に害になることも理解しています。
けれどマスクを外そうとしませんし、ワクチンの危険について声をあげようとしません。私は腹が立つのです。ズルいと感じてしまうのです。
「こんにちは。お伝えできる機会に感謝します。’’勇気’’はあなたの美しい美点の一つです。けれど人によって同じ美点を持ち合わせているとは限りません。彼らはあなたほどの’’勇気’’を持ち合わせていないかもしれませんが、あなたにはない他の美点を持ち合わせています。」
「彼らはあなたと比較して(本来なら比較はおすすめではないのですが…)他人に対する配慮に長けています。あなたは自分も含めて人間を雑に扱うところがありますね?彼らはあなたより他者に対して丁寧です。それは優しさだと言い換えてもいいと思いませんか?」
「そして’’勇気’’と’’強さ’’は同じではありません。’’勇気’’の量が控え目な人たちを’’弱い’’と判断しないでください。勇気が少なくとも強い人たちがいます。彼らの強さ、彼らの優しさにはあなたは学ぶべきところがあります。彼らから学ぶことをおすすめします。」
あー 耳が痛い。耳が痛い。
「他者をジャッジするよりは、他者に学ぶほうがいいということを、あなたはすでに理解しています。でもこのように批難しますね?」
批難より学ぶほうが得策だということを知りながら非難する気持ちを手放せない私は、茶番に気がついていながらも、勇気がなくマスクを外そうとしない人たちと同じだということですね。
「人にはそれぞれ、得意な分野、苦手な分野があります。あなたには軽々とできることが彼らにはできないかもしれません。人にはそれぞれの学びのペースがあるのです。そして思い出してください。あなたたちはチームメイトです。同じ部分が得意な仲間より、いろいろな得意分野を持つ仲間でチームを組んだほうが素晴らしいハーモニーが生まれると思いませんか?」
…その通りです。いつも素晴らしい助言をありがとうございます。確かに彼らは私よりずっと優しい人たちかも…。子どもたちのためにマスクを外す人も優しい(優しくない人もいるw)…。優しさの種類が違うんだと納得。